night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

2/24(金)帰国

●侶松園賓館
 北京の中心部、いにしえの内城の内側にある、伝統建築“四合院”のホテルである。故宮よりも北側、交道口大街と地安門大街の交差点の少し北側の、胡同と呼ばれる細い路地沿いに位置する。



 石敷きの中庭でぼんやり煙草を吸うのが好きだった

 このホテル、昔は地下鉄の駅からは離れていたが、いまは近くに6号線・8号線の南鑼鼓巷駅ができたので便利になった。近くには売店や安い食堂が多いので生活には困らない。──板厂胡同という路地にあるが、この「板廠胡同」や、近くの「交道口」、「兵馬司」、「灯市口」などの地名は、清代の帝都北京の絵図などを見てもそのままの地名で載っている。北京は歴史の街である。


 食事した、近くの食堂


 南鑼鼓巷、土産物屋さんや食べ物屋さんが並んでいる通り。


 ロビーのインテリアはこんな感じ。──部屋は、値段が高い部屋から安い部屋までいろいろあるはずで、ぼくは今回はBooking.comで予約できた中で高めの部屋を選んだ。昔泊まった部屋はバスタブがなくてシャワーだけだったが、その後、改装もされているので、いま他の部屋がどうなのかはわからない。Wi-Fiも完備だし、朝食もうまい。よいホテルであった。


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●北京の路線バス



 北京市政交通カード(“一卡通”)。地鉄2号線の北京駅で買ったのだが、ここは薄暗い窓口に民工が長蛇の列、窓口の若い職員にはなかなか言葉が通じず、「Transportation card! IC card! ジァオトンカー!!」「ア? どこに行きたいんだ?」という感じで、こちらも必死になった。必死になる理由がない場面で必死にならなければならないことがあるのが中国旅行の特徴である。しまいには「外国人か、俺じゃ話にならないや」みたいな感じで職員が交代してしまう体たらくであった。(上海ではこんなことなくて、「Transportation Card, please.」と言ったら「いくらチャージしますか」というまともな会話になったのになあ。)



 路線バス。これはトロリーバス

 バスはかなり混んでいるけれど、日本よりも大型の車両だし、路線によっては連節バスでばんばん走っているので、日本の路線バスよりも輸送力は大きい。地下鉄に乗るよりも、駅でのX線検査がないし階段や通路を歩かされない分、慣れてしまえば路線バスのほうがラクだ。停留所に時刻表はないが、だいたい7〜8分も待てば来る。

 問題点は、市内全域をカヴァーする路線図がどこにもなくて経路がわからないことなのだが、いまではスマートフォンの“百度地図”という強力なツールがあり、現在地と目的地を指定すると停留所と路線が経路検索できるので、一見の外国人観光客でも初めてのバス路線がとても使いやすくなった。これ、たとえば交通当局がわかりやすい路線案内をネットで公開する、とかいう時代を経ずに、一足飛びでスマートフォン時代になった国なんだなあ、と感心してしまった。

 市内の均一運賃は2元。さらに、“一卡通”なら1元になる。15年前は現金で1元だったから、物価の上昇に対しては安いまま押さえられているようだし、それに、ICカードの導入という機械化によって市民に直接的な恩恵を与えているところ、日出づる処の島国と比べると、政策として非常に正しい国だな、と思わざるを得ない。


 だが、車内に掲示されているこの運賃表は、よくわからない。親切なのか不親切なのか…

 そういえば、今回の旅行では、結局最後まで、1元硬貨を見なかったなあ。釣銭で手に入れるのは2元、1元までもが、紙幣だった。2014年の上海では小額紙幣よりも1元硬貨がよく手に入ったんだけど。

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 明けて2月24日(金)は帰国の日。朝7時過ぎにホテルをチェックアウトした。通勤の人たちや集団で登校する小学生たちを避けながら、北兵馬司のバス停から612路に乗った。これは東直門の方向には行くが、少し手前で北へ曲がってしまうことがわかったので、東直門北小街南口(Dongzhimenbeixiaojienankou)という長い長い名前のバス停(だが、東直門の北にある小さな通りの南の入口、という意味が理解できる日本人は、やはり中国を旅行するのには強みだよな、と改めて思ったりした)で下りて、東直門橋の交差点を渡り、機場線の駅に向かった。



朝の東直門

 機場線の車両の座席に座ると、横の席に民工のおっさんが「空いてるかい」と言いながら座ってきて、向かいの席に「よっこらせ」という感じで荷物を置いた。「ふう。…いま何時だい」と訊いて来るので、ちーでぃえんすーしーちー、なんて答えたりした。


東直門駅の発車時刻表


断る力!(違)

 東直門駅を7時49分に発車。機場線は、ボンバルディア・トランスポーテイションが作った車両だったと思うが、ゴムタイヤ地下鉄か何かなのか、乗り心地と加速がふつうの電車と違う感じで、札幌の地下鉄に似ている。発車の時はバスのようなクラクションを鳴らす。


 三環路と四環路の間で地上に出て、機場高速に沿ってまっすぐ北東へ向かう。朝の光の北京郊外、幹線道路沿いの荒っぽい道のバス停に、通勤者らしい行列ができている。…意外だったのは、機場高速の壁にストリート落書きの類があったこと。中国のような警察国家で、これを見るのは初めてだった。

 8時10分には首都国際機場のターミナル3駅に着き、ものの数分でチェックインできた。北京首都空港、都心から30kmくらいあって、それほど近い空港ではないのだけど、それでも市内の乗り換えなどを含んでもホテルから70分で空港に着いたので、便利だ。──中国人の長蛇の列ができていたので、うへえ、と恐れをなしたが、それは隣のアシアナ航空の団体客で、全日空のカウンターはほとんど待たずに、中国人の地上スタッフと会話したのが、5日ぶりに聞く日本語だった。

 空腹だったのでひとまずカフェに入って、レーズンマフィンとコーヒー(ふつうのコーヒーのつもりで頼んだらやたら甘いウィンナコーヒーが出てきた…メニューにそんなこと書いてなかったのに…)で軽食(60元)としたが、さっさとイミグレーションを通った方がいいかな、と気を取り直して、空港内シャトル電車でT3-Eに向かった。

 保安検査を通るのに、なんだかんだで20分くらいもかかった。ここは荷物の中のモバイルバッテリーを取り出されてスペックを確認されたり(容量によって機内持ち込み規制がある)たり、ベルトも靴も上着も脱がされて全身をなでまわされ、厳しい検査だったが、逆に日本の空港の保安検査があんなにスルーなのはなぜなのだろう、とも思ってしまう。探知機材が違うのだろうか。もちろん、引っかかるようなものは持っていなかったわけだけど。出国は比較的すぐにできた。


 というわけで、10時25分発の全日空956便、東京成田(ちぇんてぃえん)行きに搭乗。こんどは、往路に乗った最新のボーイング787ではなく、少し古めのボーイング737だった。通路側B席を指定していたが、隣の窓側A席が空いていて、ゆったりと帰ってくることができた。



 よく晴れていて下界がくっきり見える。往路と同じく、大連市の沖合やソウル市の上空を通って、島根県の海岸から日本の上空に入り、いわき市のあたりでいったん太平洋側に抜けてから九十九里側から関東に入りなおして、14時50分頃に成田に着陸した。成田では町田行きのバスがちょうど出てしまったところだったので1時間くらいぼんやりして、夜18時半頃には町田に帰っていた。

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 中国は、行くと疲れるのだけど、帰ってくると、もっといろいろな場所に行きたくなる。西安や洛陽にも行きたいし、雲南の大理や麗江にも行きたいし、旧満州ももっと行ってみたいし…。

 最初にも書いたが、北京は、ぼくの海外旅行の原点と言える都市であった。15年ぶりに訪れて、意外に、変わっているようで変わっていなかった。胡同など全部ぶち壊されているのではないか思っていたが、ちゃんと地元の条例で保存されているようだった。しかし、地下鉄網の急拡大もそうだし、郊外への膨張は止まっていないようだ。

 ただ、北京は、東京に比べるとよほどギスギスしていない都市だ、という印象も持った。中国にさまざまな社会不安があることはある程度は理解しているつもりだが、東京は、行列への割り込みや弱者を強引に押しのけたりする、マナーの悪さが際立っていて、東京の民心はものすごく荒んでいると感じる。日本人が行儀がいいだとか、日本がおもてなしの国だとか先進国だなんて、嘘だよなあ、と思う今日この頃だ。■