night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

読書&査収音源リスト(2023年10月~12月)

▽栞と噓の季節/米澤穂信
栞と噓の季節
「嘘」ではなくて「噓」の字が使われている

▼純情ヨーロッパ 呑んで、祈って、脱いでみて〈西欧&北欧編〉(幻冬舎文庫)▽ガンジス河でバタフライ(幻冬舎文庫)/たかのてるこ
純情ヨーロッパ 呑んで、祈って、脱いでみて〈西欧&北欧編〉 (幻冬舎文庫 た 16-9) ガンジス河でバタフライ (幻冬舎文庫)
 破天荒な旅をしているようで、意外とこの人、いろんなしがらみから自由じゃないんだな、と文章の端々で感じる。まあそういうものなのかもしれない。

▽ナイフ投げ師(白水Uブックス)/スティーヴン・ミルハウザー、柴田元幸(訳)
ナイフ投げ師 (白水Uブックス179)
 『夜の姉妹団』を読んでみたかったので手に取ったのだけど、引きずり込まれるようで、目眩がする思いだった。

▽「山田五郎 オトナの教養講座」 世界一やばい西洋絵画の見方入門/山田五郎
「山田五郎 オトナの教養講座」 世界一やばい西洋絵画の見方入門
 ぶらぶらするテレビ番組は終わっちゃったけど相変わらずYouTubeチャンネルで無双している、博覧強記なおじさんの本。あのYouTubeおもしろいよね。

▽文明交錯/ローラン・ビネ、橘明美(訳)
文明交錯 (海外文学セレクション)

インカ帝国がスペインにあっけなく征服されてしまったのは、彼らが鉄、銃、馬、そして病原菌に対する免疫をもっていなかったから……と言われている。しかし、もしも、インカの人々がそれらをもっていたとしたら? そしてスペインがインカ帝国を、ではなく、インカ帝国がスペインを征服したのだとしたら、世界はどう変わっていただろうか?
 とにかく面白く、読みだしたら止められない、という読書体験を久しぶりに味わって、図書館で借り出してから二日で読み切った。“銃・病原菌・鉄”という文明論が話題になったのは記憶に新しいけれど、その条件をアメリカ大陸に成立させれば、インカ帝国が逆襲する歴史が可能になる…? そのために、嘘の歴史を、どこから語り始めるか? 第1章から“赤毛のエイリークの娘フレイディーズ”の物語で始まるのでニヤニヤしてしまう(コロンブスより前に北欧のヴァイキングは北米大陸に入植していた、というのは近年では通説になりつつある)。──インカの若き君主アタワルパが、“新大陸”=ヨーロッパへ上陸する。当時のキリスト教世界は異端審問や魔女狩りなど、迷信深く野蛮な社会だったが、アタワルパはそこに信教の自由(!)をもたらして、あらゆる被差別者を解放し、欧州諸侯のパワーバランスに介入して、ついに皇帝(西欧での本当の意味での皇帝、神聖ローマ皇帝)になってしまう。その過程では、もうなんでもありだな、という歴史改変ぶりで、実際の歴史上の事件が立場を変えたり設定を変えられたりしていて、おそらく西洋史に詳しければ詳しいほど楽しめるのだろう。ルターの「95箇条の論題」のパロディも面白かったけど、スペイン王になったアタワルパの肖像をティツィアーノが描くとか(史実でティツィアーノが描いたのはカール5世の肖像)、ヘンリー8世がアン・ブーリンと結婚するためにこともあろうにインカの太陽神信仰に改宗しちゃうとか、…ぼくが一番くすっときたのは、…「のちにクラナッハがその場面を描いた」ってところだった。他にも、「彼らはルーヴル宮の中庭にピラミッドを建てた」だの、ちょくちょく、くすぐってくるんだよなあ。──登場人物で魅力的なのはやはりヒゲナモタ王女ですが(この小説、絶対、表紙はあの場面のヒゲナモタの肖像にするべきだったと思う!(?))、はて、彼らは何歳くらいの設定なのだろうか。アタワルパは史実よりも若そうだし、ヒゲナモタも歳を取らないとしか思えないのだけど。

▽ハイファに戻って/太陽の男たち/ガッサーン・カナファーニー、黒田寿郎・奴田原睦明(訳)
ハイファに戻って/太陽の男たち
 短編集。著者は、1936年パレスチナ生まれで、12歳のとき(1948年)に難民となり、パレスチナ解放人民戦線でジャーナリスト・作家として活動するも、1972年に暗殺された、という人だそうだ。ニュースなどで“パレスチナ難民”という言葉を見聞きしても、祖国を追われて異国の下層で生き延びる人々の姿を、これまでにどれだけ想像できていただろうか、と考える。──冒頭の『太陽の男たち』は、その恐ろしい幕切れが痛かった。

「なぜおまえたちは… なぜ叫び声をあげなかったんだ。なぜだ」
砂漠が突然いっせいに谺(こだま)した。
「なぜだ。なぜだ。なぜだ」
 ──『太陽の男たち』
「しかし、いつになったらあなた方は、他人の弱さ、他人の過ちを自分の立場を有利にするための口実に使うことをやめるのでしょうか」
「おまえには祖国とは何だかわかるかい。祖国というのはね、このようなすべてのことが起ってはいけないところのことなのだよ」
 ──『ハイファに戻って』

▼「ロシア」は、いかにして生まれたか  タタールのくびき(NHK出版 世界史のリテラシー)/宮野裕
世界史のリテラシー 「ロシア」は、いかにして生まれたか: タタールのくびき (教養・文化シリーズ)
 NHK出版の新しいムックシリーズ。しかしこれはテーマがどうにもとっつきにくかった

▽JK、インドで常識ぶっ壊される/熊谷はるか
JK、インドで常識ぶっ壊される
 話題の本ですね。筆者は駐在員の家族としてインドで中学3年から高校3年(?)までを暮らしたらしい。いかにもキャッチ―なタイトルや表紙イラストとは裏腹に、読んでみるととても硬派な本だった。“お手伝いさん”を雇い、運転手つきで送迎される自分の姿と、窓の外の子供たちの姿の格差を目の当たりにして、表現する心の動きがとても真摯で、感心してしまった。なるほどねえ、と思ったのは、インターナショナルスクールでできたインド人の友達が、「肌の色が濃い」と悩んでいること(背景として、肌の色が社会階層と明確に相関している社会なのだそうだ)、「肌色」って何なのか、…というくだり。ああ、そこから始まるのって女の子ならではなのかも、なんて。──そして世界中を襲った疫病の時代が訪れる。そのときの閉塞感、自分の無力さ、そして在外邦人に対する日本国内の心無い論調、…終盤に数ページ触れられるだけにもかかわらず、重いものがあった。

▼君と漕ぐ5 ながとろ高校カヌー部の未来(新潮文庫nex)/武田綾乃
君と漕ぐ5 (新潮文庫nex)
 今年の春に買ってからずっと積ん読していた。ついに完結編。最後のインターハイ、そしてオリンピックへ…! しかしそれがどこで開催されたオリンピックかという描写は実は一つもなく、でも読んでいる誰もが知っている、という、…訪れることのなかったもうひとつの世界線の話になってしまったのだ。これ、書くのがものすごく難しかったのではないか、そして時代が過ぎたときに理解が難しい作品になってしまったのかも、などと思ってしまった。