night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

トルコ至宝展 @国立新美術館 5/2

 元号改定後、初めてのお出かけは、乃木坂の国立新美術館へ。

 ■トルコ至宝展 トルコ文化年2019 チューリップの宮殿 トプカプ宮殿の美

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 イスタンブールは憧れの都…。

 鞘が宝石で埋め尽くされているのみならず、柄そのものが大きなエメラルドになっているちょっと空恐ろしい飾り刀や、微細な截金(?)の紋様と文字にぎっしり覆われた飾り兜、鮮やかな皇帝(スルタン)のカフタン(長衣)、などなど。──赤い大きな布地は、絨毯かと思ったら壁にかけるカーテンで、真っ赤の地の一面に黒っぽく花が刺繍されているが、“金銀撚糸”と書いてあるので、黒くなってしまっているのは銀だったということか…。それが掛けられていた部屋のミステリアスな雰囲気を想像して、ちょっとわくわくしてしまった。

 展示の中で面白かったのは、東西交流で手に入れた明代の染付の皿や椀に、金や宝石を埋め込んだものがあったこと。昨年、台湾の故宮博物院で見たが、清朝の宮廷ではムガル帝国オスマン帝国から渡来した玉器に、わざわざ文字を彫り込んだりしていた。どちらも、世界の反対側から渡来したものすごく貴重なものに、自分たちの美意識で惜しげもなく手を入れてしまう、という、…ある意味で本当に極まってしまった人たちにしかできないわざ(?)だよなあ、などと思った。

4/30(火)宇治

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 近鉄吉野駅

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 「京都まで乗り継ぎで」と言って特急券を買い、15時04分発の大阪阿部野橋行きの特急に乗る。早々と缶ビールを開けてしまったが、15時43分の橿原神宮前で降りて、乗り換えなければならない。橿原神宮前は、吉野線のホームと橿原線(京都方面)のホームが少し離れており、通路と踏切を通って橿原線のホームに上がる。

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 新型車両が待機していた。15時53分発。

*

 このまま京都まで戻って、新幹線で帰京するつもりだった。だが、京都行きの近鉄特急の車内で気が変わり、京都の手前の丹波橋で降りた。京阪電車を乗り継いで…

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 また来ました。

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 帰る前にちょっと散歩したくなったので、とびけらが飛び交う初夏の宇治にやって来た。

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 登ります

 『響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ』劇場版の公開直後というタイミングもあってか、聖地巡礼者が多めのようだ。住宅街を歩いているとき、どこかから『リズと青い鳥』のオーボエが聞こえてきて、うわっと驚いたりもした。

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 展望台は人が途切れることがなかった。

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 興聖寺と、参道の琴坂。

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 八重の山吹。

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 例のベンチ

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 平等院は拝観時間が終わっていたが、その前の藤棚が、壮絶な美しさだった。

*

 宇治橋のたもとのファミレスで軽く食事を取った後、JR宇治駅から京都駅へ。

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 JR奈良線は水色帯の205系になったのね。

 そして、京都発20時26分の『のぞみ422号』で帰浜。帰りの新幹線もスマートEXで自由に変更できた。平成最後の旅行が終わった。

4/30(火)吉野

 雨が降りそうな降らなさそうな、微妙な曇り空の朝になった。ホテルを出て天王寺の駅前まで歩き、あべのハルカスに入って建物の中をたどると、近鉄大阪阿部野橋駅がある。ここは近鉄南大阪線という路線の始発駅だが、休日のターミナル駅は閑散としている。吉野までの特急券を買って櫛形に並ぶホームに向かうと、古めかしい近鉄特急が停まっていた。

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 これ、少なくともぼくが生まれるよりも前から走っている車両のはず。しかもたった2両編成。

 ドアは開いているが、誰も乗っていないので、これだよな、と訝りながら乗り込む。発車直前になるとさすがに、いくらか客が乗ってきたが、それでもだいぶ空いていた。──近鉄は乗客の絶対数に比べて特急の本数が異様に多い印象があり、この阿部野橋からも、吉野行きの特急が、30分に1本の調子で出ている。乗客のこの少なさで、たった2両の“特急列車”を走らせるのは、コスト的にどうなのか…と、ここだけ見ると思ってしまうが、おそらく、橿原神宮前での京都からの特急の乗換え需要を考慮しているのではないかと思われる。

 ぼくが乗ったのは9時10分発の吉野行きの特急で、時刻表を見ると、その1本前と1本後の特急は“さくらライナー”という新型車両(と言っても、平成初期の“新型車両”だが)だったはず。まあそこまで列車にこだわりがないので、それに合わせて行動したりはしていなかったのだけれど。

 平地をわりと快調に飛ばして、立派な屋根の橿原神宮前駅に着いたのが、阿部野橋から35分。阿部野橋から橿原神宮前までは以前に一度乗ったことがあり、そのときは急行電車で延々と、かなり田舎まで来たような気がしたが、今度はさらにその先へ、列車はいよいよ飛鳥の山の中に入る。吉野口という駅があって、ここはJRの和歌山線の乗換駅だが、駅に接して豪快な採石場が見えて驚く。──さらに山を越える途中に福神という駅があり、近鉄が開発したニュータウンがあるらしく、広告が出ていた。この日、吉野までの特急券を買ったときに、特急料金が510円で、京都ー奈良と同じ金額だったので、だいぶ安いな、と思ったが、なるほどな、と思った。

*

 大和上市を過ぎると、いよいよ吉野川(紀ノ川)を渡った。鉄橋に接して、製材所らしい大きな工場から、さかんに煙が出ている。10時26分、終点の吉野に着いた。山に突き当たるような位置の終着駅である。

 まばらな観光客と一緒に、駅を出てぶらぶら前に歩いていくと、ケーブル乗りますか、10時30分のが出ます、とおばさんが声をかける。ロープウェイの職員の人だった。これまた古めかしい、小さなロープウェイに乗り込んで、山上に上がる。このあたりが下千本と言われるところらしいが、そもそも桜の季節を外して吉野に来てしまっている。

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 参道の坂道を上がっていくと、金峯山寺(きんぷせんじ)に着いた。修復中の仁王門をくぐる。

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 立派な寺院だ。本堂に上がってみると、本尊は蔵王権現であるというが、敢えて言えば青鬼のような、異様な巨像が、3体並んでいた。“本尊”が3体あるというのも不思議だし、そもそも蔵王権現というのが、仏教とも神道ともつかない、なんだかよくわからない存在である。後から知ったが、この本尊は本来は秘仏で、特別開帳の期間だったのだそうだ。

 堂内には役行者の木像もあったが、…おや、頭巾をかぶって杖を持って顎ひげのある好々爺、そして二人のお供を連れて、全国あちこちに現れて…という、時代劇で有名な老人の姿は、役小角に源流があったのか。

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 吉野は、小規模ながらも山上の宗教都市であり、参道に沿って寺院が並んでいる。──少し入ったところに吉水神社というところがあり、ここは“南朝皇居”を標榜している。書院造が重要文化財になっているが、なんとこれも世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道”の構成物件だそうだ。

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 ただ、たしかに部分的には本当に南北朝期の建物だそうだが、後醍醐帝の玉座、という部屋が本当にその当時のものというわけでもないようだ。それはそうだろう。

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 見渡しても見渡しても青い山。

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 竹林院の庭園。人もおらずよいところだった。

 竹林院の近くから路線バスに乗る。ここから奥千本口までマイクロバスが往復している。普段はふもとの吉野神宮から来る路線があるようだが、多客期は山の上のこの区間だけを往復しているようだ。片道400円。

 山を巻いてぐいぐいと登る自動車道路で、15分程度で奥千本口に着いた。少し坂を登ると金峯神社がある。ここはすでに、熊野に通じる大峯奥駈道と呼ばれる参詣の道筋にあたる。藤原道長の金銅の経筒などが出土してしまったのもこのあたりのはずだ。…56億7千万年後に弥勒菩薩が降臨すると信じられた金峯山が、まさにここなのだ。だが、いまはただ、静かな山奥である。

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 義経の隠れ塔だそうだ。

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 さらに山の奥へ足を踏み入れてみた。軽いハイキングになるが、道筋は整備されている。

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 斜面に平地が開け、西行庵があった。ここまで来る人は他にはほとんどいないようだった。

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 西行は吉野の桜を愛し、2年だか3年だか、このあたりの各地に庵を結んでいたそうで、ここもその中の一つなのだろう。…だが、実際に西行がいつからいつまでここにいたのか、は、ガイドブックも地元の役場のウェブサイトも、西行の研究書でさえ、はっきりとは語らない。この小屋が本当に当時のものであるわけもないだろう。

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 だが、そういうことはともかくとして、不思議と落ち着く、よい場所であった。

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 伐採のあとの、荒っぽい風景だ。金峯神社に戻る途中には、少し開けた場所には昔の修験道場の跡、といった案内板が立っていたりする。

 奥千本口のバス停まで戻ってきた。ここから金峯山寺まで歩いて下りるか、さっきと同じバスに乗るか、と少し迷った。歩いても1時間ちょっとだろうとは思われたし、大峯奥駈道の一部であるから歩いてみたいとも思ったが、自動車も入ってくる舗装道路であり、歩いてそれほど面白い道とは思われなかった。おとなしく路線バスで戻ることにした。

 金峯山寺の近くのお店でうどんを食べて、今度は歩いて山を下り、近鉄吉野駅まで戻ってきた。吉野という独特な宗教都市の雰囲気を感じられて、面白かった。それに、この日はある程度歩くことになると思っていて、雨が降るようなら吉野はあきらめようかと考えていたのだけれど、雨には降られずに済んだのもよかった。

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 八重桜の散華が舞っていた、櫻本坊

4/29(月)奈良

 10連休ということで、お盆や正月のような民族大移動期になっている。新幹線の指定席が軒並み「×」になっている様子などを見て、たしかに経済効果はあったんだろうなあ、などと、半ば呆れ、半ば感心してしまうけれど、ぼくもせっかくの休みなので、何の用事もないけれど、新幹線に乗って関西に行ってこようと思う。大阪天王寺のビジネスホテルを一週間前に予約していた。さすがに京都や奈良には泊まれなかった。それにしても、ゴールデンウィークに遠出するのは、就職してから初めてのことだ。

 新幹線はどうせ取れないだろうから、自由席特急券を買って『こだま』で行こう…と思っていたが、新横浜駅に向かいながらスマートEXのアプリを見ていると、適当な時間に『のぞみ』の指定席が空いていたので、だったら取ろう、と思ってすかさず押さえた。──スマートEX、というかJR東海の“エクスプレス予約”系のサーヴィス全般を使うのが、今回が初めてだったが、価格的な優位性が一切なく在来線乗継ぎをする場合は不利になる、という制度である一方、リアルタイムで座席が動いているのを捕まえられるのはこういう場合には便利だし、そもそもマルスと接続してキャンセルや変更などの座席の控除もリアルタイムでやりながら、エンドユーザのICカード情報ともリンクさせているわけで、ガラパゴス的に発展しているのはたしかたけど、けっこうすごいシステムだな、と思う。

 というわけで4月29日、新横浜駅10時39分発の『のぞみ223号』新大阪行きで出発。山側のE席でビールを飲みながら、2時間で京都駅に着いた。

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 混雑をかき分けるように近鉄の乗り場に行き、12時50分発の奈良行きの特急に乗り込んだ。

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 ところで今回は、スマートEXのオプションの“奈良満喫フリーきっぷ”を使う。3,200円で三日間、京都ー大阪ー奈良のJRと近鉄線と、一部の奈良交通バスが乗り放題になるという、使いようによってはなかなかの周遊券である。EXの利用票を京都や大阪のJRの窓口に提示しないと買えないのが、少し不便だけれど、京都駅に着いてすぐに八条口JR東海ツアーズの窓口に行ったら、空いていてすぐに買えた。──帰りも京都駅に戻ってくるつもりだが、旅程をはっきりと決めているわけではない。天王寺に泊まるのも、奈良からのアクセスがいいのは難波か天王寺だな、という程度の決め方だった。

 平城宮址はまた新しい建物を建ててるのか…などと眺めながら、近鉄奈良駅に着いた。地上に出ると、やはり観光客でごった返している。

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 近鉄奈良駅前、行基の像

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 鹿が群がっていて、観光客も群がっているのだけれど、…フンがそこらじゅうにあるから、ね。。。

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 鹿に引かれて博物館詣り(?)。──奈良に来たのは、奈良国立博物館曜変天目を見たかったため。

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奈良国立博物館特別展 国宝の殿堂 藤田美術館展 曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき

 入館して、すぐに曜変天目の行列に並び、25分程度で見られた。げにも宇宙であり、満足。わりと派手な斑紋なのだよね。

 だが考えてみると、藤田美術館曜変天目は、以前に東京のサントリー美術館に来たのを見ている。曜変天目茶碗は南宋期の陶器で、青い地に光る斑紋が浮かぶもの。日本には3つあると言われており、大阪の藤田美術館のこれと、世田谷の静嘉堂文庫が持っているものが、比較的見る機会のあるものだ。最後のもう一つは、大徳寺龍光院が持っているもので、これはあまり一般の観覧の場に出てくることがないものだが、ちょうどいま、MIHO MUSEUMで展示されている。見たいとは思うが、しかしあそこは行くのが大変な場所にある。

 曜変天目以外にも、金代の油滴天目や、室町時代の菊花天目といった陶器も出ていて、これらもなかなかすばらしい。──仏像のコーナーでは、色鮮やかな地蔵菩薩立像が出迎える。これは快慶の作で、截金で描かれた衣装の紋様がはっきり残っていたりして、すばらしいものだが、これも以前のサントリー美術館に来ていた。だが前に見たときの記憶では、ものすごく色鮮やかな仏像で、感心したのだったが、今回はどうもくすんで見える。自分の記憶の美化もあるだろうけれど、おそらく、最新の照明設備を備えたサントリー美術館と、昔ながらの博物館であるここでは、見え方も違うのだろう。

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 博物館を出て、久しぶりに東大寺に行ってみることにした。東大寺の大仏なんて、いつ以来だろう…たぶん、中学の修学旅行以来ではないだろうか。大学時代以降、京都や奈良に来ることは何度もあったものの、そういう「いかにも」な場所を本能的に避けてしまっていたが、そろそろ肩肘張らずに行ってみるのもよいのではないかと思った。

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 しかしここに来ると、もはや観光施設の趣であり、まあ仕方ないか…と。東大寺ミュージアムにも立ち寄ってみた。腕が何本もある弁財天立像なんて珍しいものが目を引き、なんだこりゃ、と思ったが、それも奈良時代のものだというからすごい。

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 そして大仏殿。やはり大きい建物だ

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 近づくと本当に、覆いかぶさってくるかのようだ。創建当時はもっと大きな建物だったというのだから、そりゃ当時の人はびっくりしただろう

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 繰り返すが本当に久しぶりに見た。

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 蝶が大きい…

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 大仏くらいになると光背もこんなに分厚いのか

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 格天井っていいよね

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 この人は、賓頭盧尊者さん。いろんな人に撫でられて、恐ろしげな風貌になってしまっている。

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 二月堂。こちらの方まで歩いてくるのは、初めてだったかも。

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 実は大仏殿は“金堂”であって、大仏殿の後ろには、元は講堂があったそうだ。だが今は原っぱである。

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 そしてその奥に正倉院があるが、ここは宮内庁の管轄であって、皇宮警察の派出所が置かれている。正倉院の正倉は、外観は見学できるようだが、すでに時間が終わっていた。奈良国立博物館で毎年やっている正倉院展にも、行きたいとは思っているのだけれど。

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 瓦土塀って好きだ。

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 これは石垣の上に乗ったタイプ。

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 だんだん雨が降ってきた。興福寺は中金堂が落成して、姿が一新していた。

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 椿井市場というアーケード街(?)。ラーメンを食べて、三条通りの喫茶店で休憩してから、近鉄奈良駅に戻った。

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 ここから、阪神電鉄まで直通する、快速急行神戸三宮行きというのが出る。二人掛け座席が回転できる、凝った設備の通勤電車だった。休日の夜の上り電車なので空いている。生駒山地をトンネルで抜けると大阪の平野に飛び出して、40分程度で大阪難波駅に着いた。

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 地上に出るとだいぶ雨が降っていた。結局、JRの新今宮駅で降りて、この日のホテルにチェックインした。部屋からは天王寺駅に出入りする電車がよく見える。食事でもしようと少し出歩いたが、雨の夜の阿倍野あたりを歩き回るのもなかなか気が抜けないものがあり、また、特におなかが空いているわけでもなかった。ホテルに戻って就寝。明日も天気予報は雨である。さて、どうしたものか。

4/27(土)代々木と、東京国立博物館

 今年のゴールデンウィークはまさかの公休10連休。そして、ぼくは仕事柄、どうせ出てくる日があるだろうと思っていたら、全部休めることになったのも意外だった。──初日は、寒い寒いと言いながら、朝から同僚と代々木のメーデーに参加してから、ごはんを食べて渋谷で解散した。

 このへん、普段あんまり来ないので、変わりっぷりが…

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渋谷公会堂がマンションになっちゃった…

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代々木の第一体育館も工事中

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 どうしようかな、と思いながら、とりあえず地下鉄で上野に移動して、国立博物館へ。

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特別展「国宝 東寺 空海と仏像曼荼羅」

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 この、象に乗った帝釈天は撮影可。たしかに端正なよいお顔をしている。

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 本館と東洋館もひとまわりした。…安土桃山時代の黄瀬戸。

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 仁阿弥道八。江戸時代後期のものだそうだ。なんというか、品がいいよね。

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 清代の象牙の卣。ぼくは東京国立博物館の東洋館はわりと好きなので何度も来ているけれど、まだ見たことのないこういった優品があるというところが…、本当にここは油断ならない。

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 “赤壁竹彫筆筒”。竹って、あまり彫刻に適した材質ではないような気がするが、中国の工芸はこういうところがすごいな…

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 北宋汝窯青磁川端康成旧蔵だそうだ

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 南宋青磁

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 龍泉窯の数々。もうこうなると宝石のようで、中国の青磁って本当にすばらしい。

「町田市立博物館最終展」 4/20 (2)

 陶磁器のコレクションもすばらしい。

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明代の“法花蓮花文壺”。“法花”とは、土を絞り出して紋様を描き、色釉を混じらせない技法とのこと。

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唐代の白磁龍耳壺

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北宋白磁

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黒い絵柄の、金代の磁州窯

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宋代の耀州窯の青磁

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元代の龍泉窯の青磁

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中国だけでなく、東南アジアの陶磁があるのが珍しい。これは15世紀のタイの青磁。色合いが何とも言えず良い

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15世紀ヴェトナムの“五彩鳥文盤”

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15世紀ヴェトナムの青花文盤。なんとなくおっとりしてるよね

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 ぼくが子供のころからそのままの、町田市のジオラマ。これもいつの間にか、“約40年前の町田市です”という説明がついてしまった。閉館したら廃棄されてしまうのかなあ。

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 会期中、展示替えがあるようなので、また来ようと思う。

「町田市立博物館最終展」 4/20 (1)

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宋代の青磁に花が活けてある!

 町田市立博物館が再来月に閉館するということで、「最終展」が始まった。ガラスや陶磁器などの工芸品のコレクションに定評があり、子供のころに見た中国ガラスの展示は記憶に残っている。だが、施設も狭く古く、そのコレクションを活用できていたとは言い難いのが実態だった。“国際工芸美術館”が2024年度に開館予定だということだが、どうなることか、…と思っている。

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青野武市、岩田久利のガラス作品

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16世紀末~17世紀初期のヴェネツィアングラス

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金箔が挟み込まれた、18世紀のボヘミアングラス

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19世紀ドイツのゴブレット

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明治期のデカンタとグラス

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乾隆年間のガラス器

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中国ガラスは磁器のように不透明なものが多い。

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清朝のガラスの鼻煙壺たち。鼻煙壺(びえんこ)とはかぎ煙草入れのこと。

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清朝の被せ(きせ)ガラス。不透明なガラスを重ねてあるもので、これは本当にすばらしい。

「近代ガラスデザインの先駆者 淡島雅吉」@町田市立博物館4/7

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 淡島雅吉氏(1913~1979)とは、昭和の日本を代表するガラス作家の1人で、保谷クリスタル硝子製造所(今の光学機器のHOYAですね)などで活動した、ガラスデザイナーの草分け的な存在だそうです。

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 “しづくガラス”という、凸凹を見せるガラス。

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 可憐です。ステムがねじり巻かれたグラスは、バレリーナの脚がモチーフになっている、という解説が。

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 鉄と組み合わされた、ちょっと異様な作品も。

IDS! EVENT 15th Anniversary SPECIAL “The End Of The Winter”@河口湖ステラシアター3/31

 坂本真綾さんのファンクラブイヴェントです。河口湖ステラシアターで、3/30と3/31の土・日に開催されました。ぼくは友人を誘って、3/31(日)、坂本さんのお誕生日公演に参加。

 八王子で友人と落ち合い、各駅停車でゆるゆると大月へ、そして混雑した富士急行線に立つころ1時間、河口湖に到着。──富士急行線の車内からも富士山がよく見えました。富士急行の各駅は、すでに雪こそないもののまだホームに除雪機が置いてあり、桜もまだ、いまひとつな感じだったかな。下吉田では、外国人観光客がホームを埋めていてびっくり。車内のアナウンスでも「下吉田、忠霊塔パゴダ・ステーション」と案内します。外国人に人気だと話には聞いていましたが、こんなに多いとは知りませんでした。

*

 河口湖駅からは公演用シャトルバスが出ていて、観光客の行列と相まって河口湖駅前は混雑していましたが、ぼくにとっては、河口湖ステラシアターは、夏の某ライヴで10年通っている会場なので、駅からは全然「歩く距離」として認識しており、今回もなんの躊躇もなく(笑)歩き始めました。途中でラーメンを食べたりしながら、ステラシアターへ。

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 よい天気で、富士山がくっきり。夏に来ると富士山は意外と見えない、という印象があるので、ちょっとうれしくなります。この船津のファミリーマート、夏にも毎年立ち寄っています。

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 河口湖ステラシアター。出店であったかいうどんがあると聞いていたが、すでに売り切れていた。

 ぼくの座席は2Eブロック。東京は桜も咲いていましたが、しかし、ここは河口湖です。気温は低め。この点、坂本さんサイドはかなり気にしていたようで、入場者に「特製ブランケット」を配布するという告知がありましたし、坂本さんのファンクラブメールでも繰り返し注意喚起されていました。ぼくも真冬のオーヴァーコートを着込んできていました。前日も寒かったという感想をTwitterでだいぶ目にしていたのですが、その前日よりも今日の方が体感は冷たい、とのこと。客席も、見た感じちゃんと着込んだ人が多かったですね。配られたブランケットは、公演ロゴデザインの、かなりしっかりした厚みのあるもので、その品質に感心。さらに、配られた袋には、ホッカイロが2個(貼るタイプとふつうのタイプ)も同封されている、という至れり尽くせりの構えです。──開演前に、ブランケットを顔の下までぐるぐる巻いて、低い声で「勢力を拡大する秘密結社ブランケット…」と、…すいません言いたいだけでした(笑)。

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 ギターのつまびきからスタート。エメラルドグリーンのロングコート?の坂本さんが登場しました。石成さんのギター、『Sayonara Santa』でのカッティングがかっこいいです。──この日は坂本さんのお誕生日。最初のMCで、この寒いのに河口湖まで呼ばれたら祝いに来るみなさん…とか煽られましたが(笑)、…「あれやっときますか、せーの、」と自ら主導して早口の「ハッピーバースデー」を歌ってしまうところ、同じようなことは以前にもありましたが、サプライズバースデーみたいな演出を嫌う坂本さんらしいなと。バースデーライヴとかやってるけど本人は恥ずかしいのだ、とのことです。(^^

 今回のイヴェントに向けて、大丈夫でしょう~という雰囲気の東京のスタッフに対して、ビクターの山中湖スタジオの体験がある坂本さんは、寒さをなめるな?!と突っ込んでいたそうです(山中湖スタジオのレコーディングブースにカマドウマがいて…という思い出も語っていましたね)。「できるだけ大きなブランケットにしてもらった。もうお母さん心配で。」、「準備してきてって言ったでしょ、これで寒いって言うなら自己責任だから。」と言う坂本さんに笑ってしまいましたが、結局、公演中も身に凍みる寒さに悩まされたのは事実でした。とは言え、以前に経験した雨の日比谷野音よりは、全然マシでしたが…。

 可動屋根がある河口湖ステラシアターですが、結局、終盤まで屋根が開くことはありませんでした。閉めた方が陽が射さなくて寒いのか、開けた方が風が通って寒いのか、どちらがよかったのかはよくわかりませんね。基本、座って聴くスタイルになりましたが(そのせいで余計に寒かったのですが)、終盤(『なりたい』以降)には坂本さんは観客を立たせてしまいました。立って手拍子してたほうが寒さが紛れましたね。

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・Driving in the silence
・Sayonara Santa
・(MC)
・冬ですか
・木登りと赤いスカート
・真昼が雪
・(MC)
・みずうみ
・孤独
・03
・カザミドリ
・(MC)
・紅茶
・レコード
・a happy ending
・(MC)
・なりたい
・ボクらの歴史
・CLEAR
・(MC)
・誓い
・シンガーソングライター

 アルバム曲ばかりが並ぶ、通向け(?)のセットリストでしたね。『孤独』に涙し、『03』のイントロが入ったところは鳥肌ものでしたね。ただ、坂本さん、相変わらず、若干、歌詞があいまいな…。『誓い』の核心的なところでそれは…なんて思ったり。(^^;

・パーカッションは、べつの現場で「チョーさん」としてお見かけする福長雅夫さん。「ふくながさんですが、みんなふくちょーさんと呼びます」と坂本さんの紹介でした。華麗なスティックまわしを披露。

・坂本さん、近々次のシングルを出すという告知もありました。30枚目のシングルになるとのこと。25年やって来て30枚というのは多いのか少ないのかわからない、とのことでしたが。

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 最後には可動屋根と舞台後ろが開き、きれいな西陽富士が見えて、後ろの庭から花火が上がりました。とは言え、二階席からは花火は見えづらかったのですが、これもまあ、想定の範囲内…。ただ、花火がどのくらい続くのかよくわからず歓声も拍手も下火になりかけてしまう(なにより、寒いし…)観客に対して、ステージから見上げている坂本さんが、「さっきのは一回目のサビです」「二回目のサビ来ました」「大サビです」とか解説しているのが面白かったですね。前日は雨で、屋根の開放も花火もなかったとのことです。

 終演したのは18時ほぼぴったりでした。事前に、公演時間は約2時間、と告知されていましたし、暗くなるより前に終わらせることも寒さ対策の一つだったのでしょう。こちらとしても、このくらいに終わってくれると帰りの交通機関が安心なので、気が楽です。大行列のシャトルバスには乗らずに、歩いて河口湖駅へ。19時05分の富士急行線に座れましたが、終演後第一陣くらいのシャトルバス勢も結局この列車になったらしく、大混雑になっていました。

 大月乗換えで八王子まで戻り、寿司屋で友人と打ち上げして、解散。地元まで帰ってくると寒さも和らいで、まさに冬の終わり(?)。

3/22(金)浜通り、常磐線代行バス

 翌朝、早起きして仙台駅に向かった。風が強く吹く中、通勤客に混じって駅に入る。8時13分発の常磐線普通列車原ノ町行きに乗った。利府から走ってきた列車は6両編成で、たくさんの通勤客を吐き出して、車内はだいぶ空き、ボックスシートに座れたが、急いで出てきたため、仙台土産を何一つ買っていないことに気づいて、車内で後悔することになった。

*

 常磐線は、東京から、仙台の手前の岩沼までを、海岸沿いに通る路線で、いわきより北はローカル線のようになっているとは言え、かつては上野から仙台まで直通する特急『スーパーひたち』も走っていた。2011年以来、津波で被災した区間は、新線に付け替えたところを含めてすでに開通しているものの、原発事故のために今でも開通できない区間が存在する。“帰還困難区域”に含まれる不通区間は、いま(2019年3月現在)では、浪江より南、富岡より北、が該当する。──だが、この“帰還困難区域”は、立入りは禁止だが、国道6号線の通過交通は認められており、浪江と富岡の間にはJRの代行バスがあって、1日に5本走っている。

東日本旅客鉄道水戸支社>東日本大震災による列車影響と運転見込みについて
JR常磐線(富岡駅~浪江駅「一部原ノ町駅」間)・列車代行バス時刻表(平成30年4月1日~)【PDF】

 岩沼で東北本線から分かれて、単線の細い線路に進む。亘理でしばらく停車していたので、対向列車が来るのかと思ったら、来ないまま発車した。仙台方面のホームにはたくさんの客が待っている。どうやら、下り列車が遅れているらしい。その先の浜吉田で遅れている対向列車と交換したが、こちらの列車もその先で、強風のため徐行運転を始めた。

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 山下付近は、津波で被災して、内陸に線路を移設して再開したところだ。

 強風で、造成中の海岸沿いは、もうもうと砂塵が舞っている。この列車は定刻では9時36分に原ノ町に着き、9時52分発の浪江行きに接続する。列車が大幅に遅延した場合、原ノ町では接続すると思われるが、浪江で乗ろうとしている10時30分の代行バスは、列車との接続はしないと明言されていることから、乗継ぎに失敗した場合、浪江で6時間待ちになってしまう。もちろん、浪江より北の常磐線と、富岡への代行バス以外の交通機関が、この地域にあるはずもない。──最悪、浪江から仙台に戻ることになる可能性もあるな、と考えながら、原ノ町に着いたのは15分遅れだった。

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 原ノ町はこのあたりの中心地で、自治体でいうと福島県南相馬市だが、昔は原町市という名前だった。間髪入れずに浪江行きの区間列車に乗り込むと、すぐに発車した。仙台から乗ってきた列車は新しめのE721系だったが、こちらは一昔前の719系だった。型落ちしたような感じで、末端区間なんだなあ、と思ってしまうが、それでも4両編成だ。ローカル線で4両は多い。

 10時11分、ほぼ定刻で浪江に着いた。

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 8年間、ここより南には列車が走っていない。

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 ここの避難指示が解除されて常磐線が再開したのは2017年4月のことである。だが、ここまでの車窓にも、駅前にも、人が多く住んでいるような雰囲気は感じられない。乗ってきた乗客は、ほとんどが、手持ちぶさたそうに代行バスを待つ。

 駅前にはレンタカー業者が看板やノボリを立てている。見ると、富岡までの片道利用可、等と書いてある。学生くらいの若い人のグループがレンタカーから降りて、手続きを済ませて駅に入っていくのも見えた。帰還困難区域の通過交通の手段のひとつとして使われているらしい。小さいながらもそういう需要があり、そういう営業が成立する、ということに、なるほど、と思う。このあとも、仙台に遊びに行った帰りなのか、学生のカップルが、楽しそうに仙台のことをおしゃべりしながら代行バスに乗っていた。

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 10時30分の代行バスがやってきた。“浜通り交通株式会社”と書いてある。委託運行なのだろう。JRの乗車券を見せて乗り込んだ。ぼくの切符は、何年かぶりに使う、青春18きっぷである。*1 ──海側の座席に座った。浪江駅の、おそらく助役が、運転士と添乗の女性に挨拶して会話を交わし、代行バスの発車を、直立して見送っていた。

 添乗の女性から、高線量地域を通過するため窓を開けてはならない、と指示がある。浪江の町内は、無人になった店舗と、新しく建った住宅が、まばらに入り混じっている。国道6号線に出ると、交通量は意外に多い。浪江寄りではロードサイドのパチンコ店や葬儀場などに、“前田建設工業”だったり、安藤ハザマ・なんとかJV、などの、建設会社の看板が取り付けられているのが目についた。そういった、大きめの鉄骨の建物で、残っていて使えるものが、建設業者の事務所や詰所として使用されているらしい。これもある意味で“非常時”の様態のひとつなのかも知れない、などと思う。

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 大熊や双葉は、脇道や、国道沿いの建物などは、すべて鉄柵で封鎖されている。荒れ果てたファミリーマートや、草むした駐車場の向こうの廃墟などを見ながら、代行バスは進む。──国道6号線は、福島第一原子力発電所からは少なくとも1km以上離れており、原発が直接見えるわけではない。だが、一か所、遠くの方に、巨大なクレーンが林立している場所があり、息を呑んだ。おそらくそこだったのだと思う。

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 このとき撮った写真は、帰ってからよく見たら、特徴的な3本の排気筒がしっかり写っていた。

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 30分で富岡に着いた。駅舎も、駅前のロータリーも真新しい。

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 ここも、不通区間に向かう線路は、工事中。だが、除染と復旧の工事が、実はすでに8割がた進んでおり、2020年3月末には開通する予定だということだ。本当だろうか、と思うのだけれど…。

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 線路の反対側は、造成中の更地の向こうに、青い水平線が見えた。相変わらず風が強い。

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 ここからは11時28分発のいわき行きの普通列車がある。だが、ここから南も、強風のため列車が止まったりしているらしく、遅れてきた列車が遅れて発車した。

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 富岡発いわき行きの普通列車が、これ。地震のあとまで『スーパーひたち』として走っていた特急用列車が、普通列車として使われているのだ。こんなところでこれに出会うとは思わなかったので驚いた。──木戸からJRの建設部門のような人たちが乗り込んできた。遅れていたので間に合いました、いまJヴィレッジ通過しました、なんて電話で連絡している。そういえばJヴィレッジ駅がもうすぐできるらしい。

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 いわきに着いたのは20分ほど遅れた、12時半頃だった。ここまで来ると大きなデパートなどもあって、だいぶ都会のようだ。──青春18きっぷなので、ここから普通列車を乗り継いで帰京してもよいのだが、なんとなく、疲れたので、特急列車で帰ることにした。駅ビルのドトールコーヒーで休憩したあと、乗車券と特急券を買って、13時23分の『ひたち16号』品川行きに乗った。

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 全車指定席になった常磐線の新しい特急列車に乗るのは初めてだ。座席の上のランプが緑色になっている。指定席が売れている座席は緑、赤のランプは空席を示し、“座席未指定券”の客はそこに座れ、という制度になっている。黄色いランプは、“もうすぐ指定券を持った客が乗ってくる”という意味だそうだが、この“もうすぐ”というのがどの程度の“もうすぐ”なのか、よくわからない。見ていると、いわき発車時点からずっと黄色だった席に、客が乗ってきたのが日立だった、というケースもあった。

 帰還困難区域を通り抜けてきた、とは言っても、公共交通機関に運ばれていただけなのだが、それなりに濃い体験だった。そのせいか、高萩にも気付かず、勝田から寝てしまい、ずっとうとうとしながら東京に帰ってきた。東京駅や品川まで行ってもしかたがないので上野で降りた。──上野に着いたのは15時35分。

*1:以前から、この常磐線の不通区間を通りたいと思っていたが、この区間を含む普通乗車券を窓口で買うのには、要らぬ説明ややり取りを要するのではないかと思い、青春18きっぷのシーズンにしよう、と思っていたのだった。