night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

10/16(火)まだまだ國立故宮博物院

 玉器にも見惚れる。

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 唐朝の玉の簪ですって!

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 七宝。これなんか指先くらいの大きさしかないんですよ

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 これは民国時代の「碧玉屏風」。汪精衛が昭和天皇に贈り、日本の敗戦後に返還された、という説明が、中国語と英語で書いてある。いわゆる“汪兆銘政権”と、いまにつながる国民政府の、連続性やいかに…などと一瞬考えてしまったけれど、それを日本人であるぼくが言うのは、野暮というものだろう。

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 謎の技術、象牙多層球。いったいどうなっているのだ、これは

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 書画のコーナーは撮影禁止のものが多いのだけれど、夏珪の『渓山清遠』など、とてもよい水墨山水絵巻だった。

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 字面に目が吸い寄せられたのは否めないのだけれど(?)、これは見事。情景が目に浮かぶ。全文は「籠庭水樹宜涼影 匝砌煙花帶露姿」だそうだ。

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 乾隆18年に郎世寧が描いた、“知時草”の絵画だそうだ。清朝の宮廷につかえた幻のイタリア人、ジュゼッペ・カスティリオーネである。

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 これはレプリカを撮影したものだが、元代の趙孟頫の『鵲華秋色図』である。──長年にわたって受け継がれてきたこういった書画は、余白を埋め尽くすように、幾人もの皇帝が、これでもかというほどに賛を書き加え、収蔵印が捺されている。目につく収蔵印は、『太上皇帝之寶』、『乾隆御覧之寶』、『嘉慶御覧之寶』などなど…。『宣統御覧之寶』を見つけたときは、おお、と思った。乾隆帝は、賛を書き印を捺すのに飽きたらず、この『鵲華秋色図』には、”鵲 華 秋 色”と、見出し(?)を大書してしまっている。乾隆御筆、と来たものだ。

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 乾隆帝の御筆と言えば、王羲之の『快雪時晴帖』に“神”と書き加えてしまったのが有名だが、あれは陳列されていなかったものの、王羲之は『平安何如奉橘三帖』が出ていた。これもレプリカを撮影。

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 『乾隆御覧之寶』の収蔵印は、売店でシールを売っていた。(買った^^)

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 こういう文人の書斎、よいなあ。

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 孫中山先生の像にごあいさつ

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 有名な、國立故宮博物院のコインロッカー。

 別館のレストランで食事したりしながら、結局、16時半頃まで故宮博物院にいた。大満足であった。──午前中に押し寄せる団体客の大群と、午後にやって来る団体客の波は、すさまじいものがあったが、その間のお昼頃には、奇妙な静けさの中で見物できる瞬間があったりもした。

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 ショップの紙袋を下げて、博物院を辞す。──正門の前の路線バス乗り場でしばらく待っていると、”小18”という番号の路線バスが来て、捷運士林站を通るようだったので乗り込む。博物院の前からバスに乗った観光客には日本人の老夫婦がいたが、車内のアナウンスを聞きながら「いま士林て言ったかなあ」という感じで心もとない様子だったので、下りるとき、「士林駅ですよ」と注意喚起する。──捷運士林站でバスから降りて、メトロ淡水線の高架を目指して繁華な中正路を歩いていると、雨が降ってきた。士林夜市に寄ってみようかとも思っていたが、疲れてもいるし、いったんホテルに戻ることにした。メトロを乗り継いで松江南京へ。夕方で、近くの高校から下校する生徒の群れにもみくちゃになったりしながら、ホテルに帰った。

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 部屋に戻ったら、デスクに日の丸が。ホスピタリティ? 朝には日本語情報誌のようなものも差し込んでくれたし、悪い気はしない。

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 この日は、雨も上がったのでまた改めてホテルを出て、メトロで松山(ソンシャン)に行き、饒河街夜市を見物。──鶏肉飯を食べて、湯圓を食べて、さらに豆花も。

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 松山慈祐宮。夜市の入口近くにそびえる巨大な道教寺院だ。──神像の前で人々が熱心に祈っているが、ときおり、木のようなものを石の床に落とす音が聞こえる。

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 祈りながら、ときどき、この丸っこい赤い木ぎれを床に落として、何かを占っているらしい。

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 松山からの帰りは路線バスで。

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 南京東路は、中央にバスレーンが設定され、停留所も、そのバスレーンの中に、島のようにホームが作られていて、まるでBRTだ。南京建國路口で下りると、地下鉄の駅よりも、ホテルに近いところに着いた。

10/16(火)國立故宮博物院で宝物めぐり

 台北故宮博物院と言えば、目玉はやはりこれ。

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 翠玉白菜と肉形石。なぜこれをこんなに精巧に…と思わざるを得ない、清代の雅の頂点のような品物だ。翠玉白菜が東京に来たときは大行列ができたのも記憶に新しい。ここでは、この二つだけのための部屋が用意されていて、さすがに人が群がっていた。行列ができることもあるようで、誘導のロープも用意されていたが、ふらっと入って見られる程度の混雑だった。写真も撮り放題。ちょっと暗くてうまく撮れなかったけど…。

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 青銅器の部屋へ。

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 ここの目玉は、この、毛公鼎という周時代のもので、内部には金文がびっしり彫られている。約五百字、現存する最も長い銘文だそうで、「王曰~」という文体で王の命令が書いてあるという。──毛公鼎は樹脂でできたミニチュアがおみやげで売られていて、帰りに買ってしまった。

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 ここの青銅器は面白かった。青銅器といえば饕餮文、と相場が決まっているかに思われるが…

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 この扁壺は、よく見ると、簡略に様式化されたような独特の紋様だし…

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 これなんかは、かなり違った紋様だ。こんな青銅器は見たことがない。狩りの場面だというのだが…

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 これはもう、神人の戦いとしか思えない。

 神話の世界のようで、非常に面白い。台北故宮の宝物めぐりはまだまだ続く。

10/16(火)國立故宮博物院で陶磁にまみれる

 故宮博物院で思う存分美しいものを見たいと思ってきたので、翌日は勇んで向かった。だが、故宮博物院台北の市街の北東の山の向こうにあり、それなりに遠いのだよね。

 南京復興からメトロの“文湖線”(棕線)に乗った。これ、昔は木柵線と呼んでいた記憶があるが、高架を走るゴムタイヤ電車で、小ぶりな車両が4両編成になっており、ちょっと輸送力が小さいためか、かなり混んでいる。3分くらいで次の電車が来るので、無理に乗らずに一本待ってもよい。──ぐぐっとカーヴして松山空港が見えてきて、地下に空港駅があり、また地上に上がると、山がちで立体的な市街地に出た。劍南路站で下車して、路線バスに乗り換える。

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 劍南路(Jiannan Road)站のバス停。目あての系統のバスが来たらみんなでバッ!と手を上げる。手を上げないとバスが停まってくれないらしい。

 ここから681路バス(陽明山行き)に乗って北へ向かう。道路トンネルで一気に山を貫き(神戸みたいだ)、それを抜けたところの故宮路口という停留所で下りて東に歩くと、ほどなく博物院の正面が現れた。──路線バスを使いこなせるのはGoogleマップのナビのおかげである。便利な時代になった。ただ、Googleマップが表示する英語の停留所名が、必ずしも現地の表示と合っていないことがあるので、注意を要する。

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 天下為公

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 10時20分頃に着いた。団体客はここからは入らず、おそらく地下の車寄せから直接入るのだと思われる。

 入口では法輪功がビラを配っているし、台湾国内の老人会のような団体客が群れを成していて、若干大変な騒ぎになっていたが、個人客というのは逆に少ないようで、チケットはすぐに買えて、すぐに入れた。350元。オーディオガイドは借りずにおいた。

 まずは陶磁器の部屋をめぐる。清朝の宮廷の御物であるから、見るものがどれも、いちいち繊細で美しく、これは大変ですよ…。

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 深い蒼が美しい。

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 なにこの錆色! こんな色合いの陶磁は、なかなか見たことがない。

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 宋代の青磁の数々。鳳凰耳花生は基本ですね…。当地では“青瓷鳳耳瓶”と呼ぶようだ。


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 斑が美しい。

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 こういう紋様の入った白磁は、写真に撮るのが難しい…。

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 永楽年間の、金彩が入った青花。

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 乾隆年間の大物。これもそうなのだけど、とにかく状態がよいものばかりなので、感心してしまう。

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 青花かと思いきや、緑色の彩色が珍しい。

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 光が透ける…! 雅の極北である

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 乾隆朝になると、こういうヨーロッパ風の意匠が出てくるのが面白い。

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 ぼくが決めたこの日のMVPは、この、金代の黒釉。宇宙的である。

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 日本風に言うと“木葉天目”だねえ

10/15(月)台北到着

 機内でビールを飲んで、英語字幕で王家衛の『2046』を久しぶりに見ているうちに(“天人五衰”のシーンに思わず涙していた)、桃園国際空港にスムーズに着陸した。空港ビルには、青天白日満地紅旗の巨大なパネルが、到着する飛行機に向かって掲げられている。ここは中華民国である。──ターミナルビルに歩み入ると、湿度の高い空気に、南の国に来たことを感じた。

 現地時間で18時半頃には上陸したが、イミグレーションが大行列になっていて、思わず肩を落とした。──ここの入国は、“持中華民國護照旅客 Citizen”と、“持非中華民國護照旅客 Non-citizen”に分かれている。この表示、台湾という国の微妙な立ち位置を見事に反映した表現だな、と感心せざるを得ない*1。 行列する周りの人たちは、日本や韓国の旅券を持った人のほかは、旅行証を持った大陸の人が多い。

 “持非中華民國護照旅客”の列に並ぶこと45分ほど、やっと入国できた。やれやれ、長かった。入国審査では顔写真を撮影され、両手の指の指紋を登録するようになっていた。これはたしか日本も外国人に対しては実施していることで、どの国も入国審査は厳しくなった。

 桃園機場、着いたところは、天井の高い、新しいターミナルビルに見えたが、入国してやっと出てきた到着ロビーは、前回、2005年に来たときのままのように思われた。出迎えの人たちが柵に沿ってずらりと並んでこちらを見ている。銀行の窓口があるのも、なんとなく見覚えがあった。──喫煙所を探して車寄せの端っこまで行ったりして、時間を無駄にしたとは言え、桃園捷運の乗り場に行って、ホームに下りたのは19時45分頃だったので、上陸してから1時間以上もかかったことになる。さらに、捷運の直達車(急行)がちょうど行ってしまったところで、次の直達車まで15分近く待った。

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 桃園捷運の機場第一航廈站。台北車站まで160元、切符はプラスティックのICチップ入りのトークンである。

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 "Mind the gap"という表現、英国英語風?

 捷運の電車に乗ってしまえば、台北まで40分弱。もう外は真っ暗だが、淡水河にかかる斜張橋が色とりどりにライトアップされているのを眺めながら、電車は地下に入り、台北車站に着いた。台北車站では、地下連絡通路を7~8分も歩いて、メトロ(台北捷運)の松山新店線(緑線)の北門站まで行って乗換え、松江南京站で下りた。松江南京と南京復興の間くらいの位置、長春路に面したホテルを取ってあった。すでに21時頃だった。

首都唯客樂飯店 Waikoloa Hotel

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 三つ星ホテルで、ハワイの地名がついた変なホテルだなあ、と思っていたのだが、ところがどうして、入ってみると部屋は40平米はあろうかという広さで、ゆったりしたバスタブとシャワーブースが両方あるという部屋だった。設備もアメニティも、文句の付け所がひとつも無い。Wi-Fiも、部屋ごとのアクセスポイントがある。よいホテルに当たったものだ。どちらかと言うと松山空港に近いので(松山空港からなら、文湖線で南京復興までたった2駅だ)、そちらだったらだいぶ便利だったところだ。

*

 さっそくホテルから歩き出す。コンビニはそこかしこにあるので不自由しない*2。 南京東路を渡って、遼寧街に来ると、小規模な夜市になっていた。さすがに空腹なので、適当な店に入って適当に湯麺を頼んだ。

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 味が薄く、こしょうをかけたいな、と思ったが、食べ終わるころには、うまいな、と思っていた。

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 アジアに来たなあ、という思いがする。

 路上の席では男たちがおそらく二鍋頭などの透明なお酒をコップで飲んでいるのだが、不思議なことに、こういうところで缶ビールなどを売っている様子がない(店の中では瓶でビールは飲めるのだが…)。コンビニで缶の台湾啤酒を買ったが、煙草を吸いながら飲みたいので困ってしまった。──台湾は室内が全面的に禁煙になったとのことで、ホテルに戻ると煙草を吸うことができない。外で吸う分にはよいようだが、例えば、公園があるな、ベンチで煙草を…と思っても、「公園は禁煙」である。結局、南京復興の近くの、公園の隣の適当な路地の縁石に座って、椰子の街路樹の下で、缶ビールを飲みながら煙草を吸っていた。

 台湾、東京よりも気温は高く、この日も25℃近くあったようで、東京から着てきていた上着を脱いで歩いていたけれど、適当によい風が吹いて気持ちよかった。夜中に、街なかの、そんなわけのわからないところでビールを飲んでいても、特に誰からも見とがめられない。*3

 気持ち的にだいぶリラックスしてしまった。けれど、さすがに23時近くなり、飲食店も店を閉めるような気配であったので、ホテルに戻った。

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 本日のビール。

*1:自国民のことを、“台湾国民”ではなく、あくまで“中華民国の旅券を持つ旅客”と表現しているのである。英語の方の"Citizen"は、ちょっと曖昧すぎる表現ではないかと思うのだが…。

*2:台湾ではコンビニのビニール袋が全廃されたようで、実は台湾旅行の必需品はショッピングバッグではないかと思われる。ぼくは百均のへなへなのエコバッグを街歩き用のショルダーバッグに忍ばせていたのが役に立った。愛想の良い店員なら、買ったものをエコバッグに入れるのを手伝ってくれることもあった。

*3:野外でビールなど飲んで気持ちよくなっていたのは、蚊がいない季節だったからよかったのかもしれない、とも思う。蚊が媒介する各種伝染病の危険は、ゼロとは言えないだろう。

10/15(月)旅行のはじまり

 今回の休暇旅行のテーマは、

 …この一点のみ。4日前に、往復の航空券と、台北の都心の適当なホテルを、パッケージで手配した。台北はすでに2回訪れているし、故宮博物院にも行ったことはあるのだが、この歳になって改めて行ってじっくり見たいと思っている場所だった。気を張らずにぶらぶらしたい。

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 今回、最終的にかかった費用は以下の通り。

  • 東京成田ー台北桃園の往復航空券+台北市内ホテル(3泊):56,925円(キャセイ・パシフィック航空のパッケージ)
  • 地元ー成田の交通費:7,160円
  • 現地での外貨キャッシング(手数料・利息込み):25,992円(=NTD7,000元+432円)
  • 台湾用モバイルWi-Fiルータのレンタル料:2,520円

 NTD(新台幣)1元が、現金で3.6円、クレジットで3.7円くらい。前とあまり変わらないようだ。旅行中は1元=4円で計算していた。

 合計で10万円に達していない。キャセイ、なんでこんなに安いのだろう。キャセイのウェブサイトから直接、航空券とホテルとパッケージで購入して、ホテル代がほとんどタダじゃないかと思われるくらいの価格である。もちろん、もっと安く済ませる方法はあって、LCCならもっと安い*1というのは確かだけれど、たまの休暇旅行ぐらい普通に飛びたい。通信は、空港で出発時にモバイルルータを借りることにしているが、今の旅慣れた人だったら、SIMフリースマートフォンを持っていて現地でSIMを買って、この半分以下の費用で済ませるところだろうけれど。

*

 10月15日(月曜日)、午後便なのでゆっくり家を出た。なんだか、気の持ちようがいろいろと適当になっていて、あまり気を張って調べたりしていない。着くのは松山空港ではなく、台北の都心から遠い桃園空港だが、桃園空港には最近、桃園機場捷運という電車が開通したそうなので、一人で空港に着いても特に困らないだろうし、ホテルの最寄の地下鉄駅だけ調べてスマートフォンスクリーンショットしておいた、という程度である。

 さらに、成田空港まで行くのも適当になっており、空港行きバスの予約もしておらず*2、なんとなく新宿まで出てきて、なんとなく12時10分発の特急『成田エクスプレス25号』の特急券を買った。

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 昔は、成田エクスプレスなんて高い乗り物だ、という思いこみがあって(京成の普通電車で成田空港に行ったという友人の話を目を輝かせて聞いたりしていた)、選択肢になかったけれど、よく考えてみると、地元町田から成田空港行きのバスが3,600円である一方、新宿から成田空港までが3,190円であるので、値段的にはべつに高くはないのであった。ただ、鉄道(とくに総武本線)は、不通リスクが高いと思うので、やはりあまり積極的に使おうとは思わないけれど…。車内はWi-Fiも飛んでいて、中国人観光客も静かで、ただ新小岩を通過するまでは気を揉んでいたけれど、快適に新宿から1時間13分で、空港第2ビル駅=成田空港の第2ターミナルに着いた。

 出国審査が、機械にパスポートを当てて顔写真を撮られる、自動化ゲートになっていたのは、初めての経験だった(出国スタンプは、別途、押印してもらう)。──ぼくが乗るのは、15時40分発のキャセイ・パシフィック航空(國泰航空公司)451便で、これは香港行きの台北経由便である。そう言えばこの便は、2005年に台北に行ったときにも乗っていて、そのときもだいぶ安いパックツアーだった。キャセイは穴場なのかしら。

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 平日の午後の成田空港は適度に空いていて、カフェでビールを飲んでよい気持ちになっていたが、15時過ぎにはもう搭乗が始まった。左側3列席の通路側を占めた。機内のアナウンスは、英語・広東語・日本語・中国語普通話の順番である。

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 キャセイ機内食。カリー・ライスかスパゲッティ・カルボナーラソース、と言うので、カーリーファン、と頼んだ。まあ、あまりうまくはない。スパゲッティのほうはマカロニらしかった。

*1:台北なら、ピーチ、バニラ、スクート、タイガーエアなど何社も飛んでいる。

*2:神奈中の成田行きのバスの便数が減っていて、ちょうど時間が合うバスがない、ということもあった。

「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」@サントリー美術館 10/14

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 会場に入ると、平安時代如意輪観音坐像が、妖美な目つきで出迎えてくる。──醍醐寺が王朝国家に保護されてきた歴史ある寺院であることは一応なんとなくは承知しているが、教科書に出てくるような空海豊臣秀吉の肖像がさらりと展示されているので、感心せざるを得ない。平安時代五大明王像などは、どうもつるりとしていて、なるほど鎌倉時代の仏像とは感じが違うなあ、などと思いながら見て行ったが、国宝の薬師如来の大きな座像、これが、左に行っても右に行ってもこちらを見下ろしているように見える、不思議な像であった。大きいから威圧感があるというだけのことかも知れないが…。

 すばらしかったのは、三宝院の表書院上段之間の障壁画という、『柳草花図』。長谷川等伯だということになっているようだが、絵具が剥落して状態はよくないものの、画面の前に立つと、そこに本当に一陣の風が吹いて、柳の葉末を揺らしているように見えるのだ。これには驚いてしまった。

サントリー美術館>京都・醍醐寺 真言密教の宇宙
京都・醍醐寺 真言密教の宇宙 公式サイト(日本経済新聞社)

ピエール・ボナール展@国立新美術館 10/14

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 ピエール・ボナールとは、後期印象派とかナビ派とか言われてもあまりぴんと来ないが、とにかく19世紀末から20世紀初頭くらいの画家だ。茫洋とした色彩の絵が多く、なんとなく、うーん、という感じで、感想を抱きにくい。顔のはっきりしない女性像(そんなところを描いちゃうかねえ、というような場面も。モデルにしていた奥さんを裸にして撮った写真などもあって、さらに「うーん」と思わされる)や、縦に伸びた奇妙な猫などを、見て回った。

 『テーブルの上の林檎の皿』という静物画が印象に残った。テーブルの上の面に当たる、乾いたような強い光と、側面に落ちる影の対比。──南仏の、崖のような海岸の遠景があいまいな線と強烈な色彩で描かれた絵(『アンティーブ(ヴァリアント)』)も、光に満ちた理想郷を思わせて、大変好みだった。

国立新美術館>ピエール・ボナール展
ピエール・ボナール展(日本経済新聞社)

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 この人の裸婦像、どうも窃視的なのばっかりなのが気になるんだけど、肌を描くときの微妙な色合いに、感心したりも。

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 最後に出てきたこの作品が、なんとも、白眉だった。『花咲くアーモンドの木』。ボナールの最晩年の作品だということだが、鮮やかで、まったく枯れていない。──この展覧会に、“終わりなき夏”(L'éternel été)というサブタイトルがつけられていたことに、このときようやく気付いた。

フェルメール展@上野の森美術館 10/5

 前のエントリの続き。──時間がなかったのは、フェルメール展の時間指定入場券のため。上野の森美術館で始まったフェルメール展、いまは8点ものフェルメール作品が来ている、という触れ込みである。大混雑必至だな、と思ったら、時間帯指定の入場券を前売りするという。この日が東京展の初日で、ちょうど仕事が非番の日だったので、しばらく様子見してみるかな…とも思ったけれど、先手必勝(?)だろう、と、前日に「15:00」の券を買っておいた。15:00~16:30の間のみ入場できる。入場のみ時間指定で、入替制というわけではないので、入ったらいつまでいてもよいということになる(とは言え、そんなに滞留する場所はないので、適当に出てくることになるだろうけれど)。──Twitterを検索していると、やはり、「時間指定入場券なのに長蛇の列!」という話が目につく。これは、指定時間帯の初め頃に行ってはいけないということだろう、と思い、この日は先に藤田展をひとまわりしていたのだった。

フェルメール展

 雨の中、16時15分頃に行ってみると、行列なしで入場できた。だが、「こちら」と案内された方に行くとそこからは入れない、という現象が、展示室に入るまでに2回もあったのが、意味がわからなかった。そもそも普段の上野の森美術館とは違うところから入場させているし、案内が全然こなれていないようだ。

 最初の方にある、同時代のオランダ絵画たちは、邪道を承知で全部スルーして、フェルメールだけを目指す。同時代の文脈を知るべし、という意図を理解はするが、正直なところその時代のオランダ絵画にそれほど興味はないので。──このゾーンは、動線の作り方が下手なのか、ものすごい数の人が滞留して、絵を見るどころの話ではなかった。

 “フェルメール・ルーム”に入ると、

右から、
・マルタとマリアの家のキリスト
正面に、
・ワイングラス
リュート調弦する女
真珠の首飾りの女
・手紙を書く女
・手紙を書く婦人と召使い
・赤い帽子の娘
左の壁に、
・牛乳を注ぐ女

 これだけまとめて見られるのは貴重だ、と改めて思う。フェルメールに感じる魅力は、まず、構図の妙だと思う(それがよく出ているフェルメールが、よいフェルメールだと思っているが、そうでもないフェルメールもある)。壁や窓や部屋の角など、直線的な構成。本当に写実とは思われないような不自然なカーテンやテーブルクロス、後ろの壁にかかった絵の額縁などで、画面が大胆に区切られていたりする。それが静止した空間、謎めいた世界を、強く感じさせる。そして、そこに、柔らかい光がやってくる。

 『ワイングラス』でもすでにその謎めいた世界が展開されている。ワインを飲み干して顔の見えない女。──リュート真珠の首飾り、手紙を書く女、の3枚、あの黄色の上着を着た女性を描いた3枚が並んで見られるとは贅沢だ。

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 『手紙を書く女』は前にも来日したことがあるが、奇妙な衣装に奇妙な髪型なのだけれど、こちらを見る柔らかい微笑みは魅力的だ。思うに、有名な『真珠の耳飾りの少女』も、青いターバンというおそらく日常の服装ではない衣装をつけさせて、一種のコスプレだと思うのだが、そういった女性像を描くという、フェルメールの独自の感覚だったのではないか、と思う。

 『赤い帽子の娘』は、これはフェルメールの作品だという説に則っているのだね。ピントがあっていない写真のような不思議な絵で、当時すでに「カメラ・オブスキュラ」という機械があった、などという研究があるようだが。──そして、『牛乳を注ぐ女』。おそらく腕っぷしの強い女中のような使用人を描いた、画題としてはなぜこんな場面を描いたのだろうと思ってしまうような場面の絵だが、この絵の魅力は、やはり、その完璧な構図なのだと思う。注がれる牛乳、その一点に、彼女の視線も、絵を見ているこちらの視線も、すべて集まるようになっている。

*

 フェルメールだけ見て、他の、同時代のオランダ絵画の文脈からの作品を無視するのは、芸術を鑑賞する態度からは邪道であろうが、上野の森美術館という狭いギャラリー、そしてその中でぐちゃぐちゃになっている動線、その大混雑のなかでは、見ていられなかった。また、展示されている絵にキャプションをつけるのではなく、小冊子を入場時に渡すようにしていたが、これは絵の前で読んでしまう人が続出しており、混雑に拍車をかけていた。

 さらに、『キリスト』の前には『ワイングラス』を見たい人の列ができる、『赤い帽子の娘』の前には『牛乳を注ぐ女』を見たい人の列ができる、という形で、展示室に角があることによる不利が如実に出ていた。日本の美術展に来る人は順路通りに見ることをとても重視する人が多いので、このような無意味な行列ができてしまう。本来、展示に順路など不要だと思うのだが、それは置いておいて、こんな狭いところに8枚も集めるからこうなるんだ、という結果になってしまっていた。

 また、時間指定入場券は、変更も払い戻しもきかないらしい。これはひどい。そりゃそんなことしないほうが興行側の制度設計としては楽でいいだろうが、指定時間帯に1分でも遅れたらすぐさま2,500円のチケットが無効になるわけで、消費者にとって不利すぎる。このスタイルがこの国のこの業界に根付かないことを願う。

藤田嗣治展@東京都美術館 10/5

 東京都美術館藤田嗣治展に行く。藤田の企画展は、近年、もう何度も開かれているような気がするが、人気のある画家だし、会期末も近いためか平日でもだいぶ混雑していた。チケットは先に買って行くのがよい。

東京都美術館>没後50年 藤田嗣治展

 冒頭から、若い頃の自画像や、軍服を着た父親の肖像など、最初からちゃんとした絵を描ける人だったんだ、と思う。パリに渡ったころの街角の風景画が、なんだかしみじみとよかったなあ。薄く雪の積もった石畳、そこに足跡が残るようすや、灰色の地面の広い画角の絵など…。バラの絵がとてもよかった。乳白色の、だがくすんだように影のある背景に、折れ曲がったような黒々しい枝ぶりを広げ、濃く赤黒い花が咲いている。背景とのコントラストがとてもおしゃれである。また、ブルターニュだかの海沿いの町で、路地の向こうの空を背景に十字架が(カルヴェールというらしい)立つ絵もよかった。

 だが、藤田の代名詞とも言える乳白色の背景や女性たちは、本当に当時そのままの色合いなのだろうか、と、いつも疑問を持っている。作品によって、くすんだり、セピア色っぽくなっているものもあるが、経年劣化したためなのか、もともとこういう色だったのか、どうなのだろう、と思ってしまうのだが。

 今回、珍しかったのは、戦間期のパリで藤田が手掛けたポスターとか、中南米で描いたまったく画風の違う作品たちなど、だろうか。そして、東京国立近代美術館にある、サイパン島の巨大な玉砕の絵も。──戦後、戦争協力を指弾された藤田は、日本を離れて、二度と戻ることはなかったわけだけれど、西洋人の来場者たちがその英語のキャプションをどう読んだか、気になった。

 バラの絵がとても気に入ったので、ポストカードでもあれば買おうかしらと思っていたけれど、ショップが芋洗いのような混雑で、時間がなかったのでパスして出てきた。

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9/29(土)富山散歩(富山市ガラス美術館、岩瀬浜)

 富山駅に戻って市内電車(富山地鉄の市内線)に乗り、富山市ガラス美術館へ。さっき城址公園にいたときに、こっちに寄っておけばよかった。

富山市ガラス美術館

 富山がガラス工芸の町だというイメージもそもそもなかったわけだけれど、さまざまな現代ガラス作品が展開されていて、見ていてなかなか面白い。最上階の“グラス・アート・ガーデン”から…

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 その他、コレクションや“ガラス大賞展”は撮影不可であったのが残念。小曽川瑠那氏という作家の金属のような葉っぱや、後藤洋平氏のスクラッチで絵が描かれたガラスに見入った。

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 ここは、ルーバーが取り巻いているような奇抜な外観が目を引くビルで、隈研吾氏が設計したものだそうだ。市立図書館と一体になっていて、木材が多用された豪華な図書館に目を見張った。

 市内電車も、最新型の低床式連節トラムがしずしずと走り、車内にはWi-Fiが飛ぶ。運賃は均一200円。富山市中心市街地への投資ぶりには驚くものがある。

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 JR富山駅の改札口を出ると、目の前にシームレスに市内電車の乗り場があるような作りになっている。これも驚いた。たしか昔はこうではなく、駅の前の通りまで出ないと停留所がなかったと思う。

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 富山駅の北側にまわって、富山ライトレールポートラム)に乗ってみた。

 富山ライトレールは、富山駅に接した“富山駅北”から、海岸に近い岩瀬浜まで走る路線で、これも2両連節の路面電車が、15分に1本走っている。JRのローカル線を引き取って設備を全部取り替えてライトレール化したというのはすごいな、と前から思っていたが、乗ってみると乗客は多く、休日の昼間でもさらりと座席が埋まって、立ち客もいるくらいだった。──路面電車だが、もともとが国鉄の路線なので、ほとんどが専用軌道なので、乗っているとそれなりにスピードは出る。だが駅が多いので、岩瀬浜までの7.6kmに24分かかる。

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 富山ライトレールの“富山駅北”停留場。富山駅は、新幹線が高架につくられ、在来線も順次高架化される工事中であり、それが完成したら、南側に走る市内電車と北側の富山ライトレールをつなげて走らせる計画だそうだ。

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 終点の岩瀬浜から少し歩いてみた。岩瀬は北前船の時代からの港町で、古い街並みが保存されている。

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 森家という廻船問屋のお宅が国指定重要文化財として保存されている。奥行きが深く天井が高い町家であった。

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 雨が強くなってきた。東岩瀬の駅は国鉄時代の駅舎が一部保存されていた。ここからまたライトレールで富山駅に戻る。

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 おみやげにますのすしを買って、17時06分発の北陸新幹線『かがやき512号』東京行きに乗った。休日の夕方の、そこそこよい時間の上り、しかも速い『かがやき』なので、混んでいるのでは、と思っていたが、まったくそんなことはなかった。富山を出ると次は長野、その次はもう大宮、という速達便で、上野まで2時間08分で着いてしまった。本当に、北陸も近くなったものだ。──今回は台風のために断念したけれど、また改めて、金沢にも行きたいものだ。