night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

NHK交響楽団定期公演(第2010回/Aプログラム)@ NHKホール 5/12

 代々木八幡で電車を下りて坂を上って行くと、代々木公園はタイフェスで大変な混雑になっていました。苦労して人混みを通り抜けて、NHKホールへ。


・パンフィリ/戦いに生きて[日本初演]
・レスピーギ/交響詩『ローマの松』
・レスピーギ/交響詩『ローマの噴水』
・レスピーギ/交響詩『ローマの祭り』
指揮:ファビオ・ルイージ
 ファビオ・ルイージは今、N響の「首席指揮者」ということになっています。登場したコンサートマスターは篠崎さんでした。この方はN響のコンマス、長いですね。──パンフィリというイタリアの作曲家の曲は、現代音楽らしく同じ音型を繰り返さず多彩なリズムで展開されていく作品でしたが、よくわからないというのが正直なところ。1階席の中央付近で作曲者が聴いていた様子で、演奏後に拍手を受けていました。

 レスピーギのローマ三部作はあまりにも有名な作品たちですが、一気に聴くのはあまりない経験です。思ったのは、やっぱりN響はうまいな…、と。『松』の冒頭でパーンと音が出た瞬間、すでに切れ味が全然違う。聴いてて気持ちいいんですよね。2階席の入口ドアからの階段の近くの席で聴いていましたが、曲中に、楽団の方が入ってきて、手に何か持っているので、おっ、と。“ジャニコロの松”の最後で、コップにストローのような器具で息を吹き込んで、小鳥のさえずりの音を出すものでした。この曲でそういう演出(もともとはレコードを回すものだったと聞いていますが)が入ることは知っていましたが、鳥笛というのはああいうものなんですね。──『噴水』の絹のようななめらかさ、『祭り』の瞬発力も、たいしたものでした。『祭り』は先日のLFJでも聴きましたが、やはりN響定期のほうが音の解像度が高く、聴いていてこっちのほうが面白い。カンツォーネが狂っていくようなところなど、聴いていてぞくぞくしてしまいます。──そういえばこの曲はマンドリンが入りますが、LFJと今回のN響、両方とも同じ奏者の方でしたね。


 場内にはファビオ・ルイージの等身大(?)パネルが。──この日、終演後もカーテンコールがおさまらず、楽団が退場してからも拍手が鳴りやまずに、1階席のステージ前の下手側に客が集まっていました。帰り支度をしつつ見ていると、篠崎氏がルイージ氏を連れて下手からもう一度出てきて、歓呼を受けていました。N響定期でこういうの、珍しいのではないでしょうか。ルイージ氏、N響の首席指揮者に着任して2シーズンが過ぎようとしていますが、愛されているようですね。

「北欧の神秘」@ SOMPO美術館 5/5

 日比谷を離れて、地下鉄を乗り継いで新宿へ。丸ノ内線の西新宿で下りて、少し新宿駅側に戻る方向に地下道を歩くと、新宿野村ビルの足もとあたりに出る。休日のこのへんは都心のエアポケットのような場所で、人が少なくて、良い。少し時間をつぶしてから、損保ジャパンビルに増設された、この美術館へ。


SOMPO美術館>北欧の神秘 ─ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画

 スカンジナビア三国の国立美術館のコレクションが来ているという。良いのだけどあまりパンチのない風景画が多いな、と思いながら見始めたが、

この、画面いっぱいに広がる枯れ枝の勢いに圧倒された(ニルス・クレーゲル『春の夜』)。そんなに小さな絵ではないのだけど、生気がないのに不思議と生々しい力強さがあるというか、なんというか。

 アッケという画家の『金属の街の夏至祭』という大きな絵が面白かった。ゴシック風の架空の街で踊る人々が赤く照らされている、夢の中のような絵。やはり、白夜があったり極夜があったり、その基層にある光や空気が、私たちが想像するものとはまったく違うのだろうなあ、なんて思う。

 映像コーナーでは、テオドール・キッテルセンというノルウェーの画家の、“トロル”という伝承の化け物や、“ぺスタ”(ペストのことですね)、荒廃のイメージなどの作品に、モーションをつけたものが流れていた。これまた怖い、気味が悪い。──神秘の物語をモチーフにした作品はほかにもあって、


ポスターにもなっているこの絵は、キッテルセンの『トロルのシラミ取りをする姫』。異形のものと人との交流…


伝説の勇者は森に倒れ、、、



こんなタペストリーも。


ムンク。やっぱりムンクは一人だけ何かが違う、と思ってしまう。──『ベランダにて』という絵が、吸い込まれるような不思議な感覚があった。見たことあるはずはないのに、いつかどこかでこういう光景を見たことがある、という気がして。

LFJ2024 “ORIGINES” 5/5

 LFJ、三日目にも聴きに行きました。まずはこちら。

公演No.312 5/5(日) ホールA“グランディオーソ”12:45-13:30
・モーツァルト:オペラ《ドン・ジョヴァンニ》序曲
・ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21
・[soloist encore] ショパン:ノクターン第20番 嬰ハ短調(遺作)
 小林愛実(pf.)/群馬交響楽団/横山奏(cond.)

 もう、完全に小林愛実さん目当てでチケットを取っていました。ショパンコンクールで入賞した、今をときめくピアニストで、さすがにホールAが満席になっていました。プログラムがショパンのピアノコンチェルトの、1番なのか2番なのかもあやふやな状態で行って、プログラムに2番て書いてあるのでああそうなのか、…どっちが2番だっけ、というような程度のあやふやさでした。最初の音が出て、ああそっちか、って、そんなふわふわぼんやりした聴衆として足を運んだぼくでしたが、遠い二階席にもかかわらず背中がぞくぞくするくらい感動してしまったのでした。──この公演でもさらりとソリストのアンコールがありましたが、このショパンのノクターンが本当にすばらしくて、ちょっと泣きそうになってしまいました。


 公演後、ガラス棟の地下のタワーレコードのブースでは小林愛実さんのサイン会が行われて、行列が十重二十重に取り囲んでいました。

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 今年は国フォに工事中の場所があるためか、中庭のキオスクステージの位置が少し北側に変わりましたね。──芝学園ギター部さんだそうです。ああ、ギターアンサンブルっていうのも独特の世界ですよねえ。これがコントラバスギターです、これがギタロンです、なにか弾いてもらいましょう。→ボンボンボン♪…、という調子で楽器紹介していましたが、なんかこの雰囲気、マンドリン界隈と似てるな…などと思ったり。

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 新宿に足をのばしてから、日比谷に戻ってきました。

公演No.314 5/5(日) ホールA“グランディオーソ”18:30-19:15
・クラーク/辻:トランペット・ヴォランタリー
・アーバン/辻:ヴェニスの謝肉祭による変奏曲
・[soloist encore] モリコーネ:ガブリエルのオーボエ
・レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」
 児玉隼人(Tp.)/新日本フィルハーモニー交響楽団/井上道義(cond.)

 このチケットは当日に買い足しました。井上道義氏は今年いっぱいで指揮活動を引退するということになっており、というかこの人ももう七十代なんですね。もっと若いイメージでしたが、それってぼくが学生の頃とかのイメージだったのかな。──トランペットの児玉隼人氏は、いま中学生?の天才少年奏者で、超絶技巧の演奏を聴かせてくれました。アンコールの『モリコーネのオーボエ』は、しみじみと響き渡って、鳥肌ものでしたね。そして『ローマの祭り』、これが聴きたかったからチケットを取ったようなものです。大編成の新日本フィルが大編成でステージに並ぶと、ホールAでも広さを感じさせないくらいです。まさに爆発する勢いの大団円で、拍手喝采でした。

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 地上広場に出てみると、サクソフォン・アンサンブル、ラプソディ・イン・ブルーの演奏が、わりと力が入っていて、でも祭りの最後の夜になって熱気が引いていくような地上広場のざわめきとぴったりで、お酒をのみながら聴いているのはとても気持ちよかったですね。──そしてこの日最後のホールAへ。

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公演No.315 5/5(日) ホールA“グランディオーソ”21:00-21:55
・伊福部昭:ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲
・伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ
 山根一仁(vn.)/新日本フィルハーモニー交響楽団/井上道義(cond.)

 そしてLFJ最終公演、続いて井上道義氏による、伊福部昭プログラム。──21時開演のプログラムともなると、本当に音楽が好きな人しか残っていないというか、昼間のプログラムとはちょっと雰囲気が違います。ステージに出てきた井上道義氏も、「さすがにちょっと人が少ない? でも、9時からの音楽会、最高よ!」「新日フィル! さっき『ローマの祭り』聴いた?(拍手) もっといい音楽会になりますよ!」と聴衆を湧かせてくれます。──例の『ゴジラ』のモチーフが使われている1曲目、そして2曲目は不協和音で有名(?)な『シンフォニア・タプカーラ』です。1楽章ですでに交響曲的な感じになっていますが、2楽章の不穏にして美しい旋律が印象的です。3楽章はもはやパワーのかたまりでした。ズンドコ! ズンドコ! というリズムがいかにも日本人て感じですよね。この曲、西洋のオケが演奏したらどうなるんだろう、全然変わってしまうのではないかな、なんて思います。最後はスタンディングオベーションでした。ルネ・マルタン氏もステージ上に引っ張り出されて歓呼を受けていました。──井上道義氏は指揮台を使わず、ステージにオーケストラと同じ高さに立って指揮をするのですね。動きが激しい(くるりと回ったりすることがあるくらい)ので落ちるからかもしれませんが、上背のある人だからできることという気もしますが、…とにかく、77歳とはとても思えない、力強い指揮。ですが、だからこそ限界を悟っているのかも、と思ったりもしました。もっと聴いておくべき指揮者だったなあ。

 終演は22時を過ぎていました。でも、今年は明日も休日なので、ちょっとくらい遅くなったってへっちゃらです。ホールA、規模が大きすぎて、入場も大変だけど退館も大変です。ホールA名物(?)の非常階段を、今年のLFJでは何度もぐるぐると下りることになりました。──コロナによる空白期間を経て、LFJの規模も縮小し、自分の中でもちょっと熱がさめたというか、何が何でも先行発売でチケットを買うぞ!みたいな勢いがなくなっていたところでしたが、でもやはり、これは楽しいお祭りですね。自分なりの楽しみ方ができる、得難いイベントだと思います。

LFJ2024 “ORIGINES” 5/3


ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 「ORIGINES(オリジン)─すべてはここからはじまった」

 今年もLFJに行ってきました。もはやテーマがよくわからなくなった感じもありますが、まあ別にいいでしょう。今年はチケットの先行発売とかには大きく出遅れましたが、久しぶりに祭りの空気を吸ってきました。──初日は午後遅めから、3本聴きました。

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公演No.113 5/3(金) ホールA“グランディオーソ”15:30-16:20
・ワーグナー:ジークフリート牧歌
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
・[soloist encore] J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ短調 BWV1006から ガヴォット
 辻彩奈(vn.)/兵庫芸術文化センター管弦楽団/クリスティアン・アルミンク(cond.)

 指揮者はダークスーツにネクタイ姿で、アメリカンな感じ。たゆたう感じの『ジークフリート牧歌』に、ホルンがうまいな、などと思いつつ気持ちが緩んでいました。辻彩奈さんはピンクのドレスで登場。メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト、最初の方は、オケとかみ合ってないなあ、あんまり合わせてないんだろうなあ、という気もしたけれど、2楽章はすごくよかったですね。楽章間をアタッカで突っ込んでいくスタイルでした。──アンコールで、バッハの無伴奏ヴァイオリンのパルティータ、有名なガボットをさらっと弾いていた辻彩奈さんでした。これが、音だけで空気がカチッと空気が変わるのが、大層感心しました。LFJってタイムスケジュールがせわしなくてほとんどアンコールをしない印象でしたが、最近は公演間の時間が多めに取られるようになったようです。ホールAの退館のとき、横の方でスタッフがいままさにアンコールの曲目をマジックで手書きしているところでした。

*

 地上広場で、ハイボールで一杯と、屋台飯で腹ごしらえしてから、地下ホール(ホールE)へ。ここは、無料ですが、有料公演の半券を持っていれば入れる、ということになっています。アンサンブル・オブシディエンヌという中世ヨーロッパ楽団が、リコーダやバグパイプや太鼓や歌で演奏していました。ホタテ貝をすり合わせるようなリズム楽器があったりして面白い。そして、リズムがどうも日本風に聞こえるのも面白い。ででれこでん、みたいな、ね。

 地下ホールがにぎわっているとやはりお祭り感があってよいです。昨年はこれがありませんでしたからね。ただ、物販に勢いがない気がするけど…。インターネットラジオOTTAVAのブースから、アコーディオン伴奏で不思議な歌を歌う女の人の声が聞こえてきて、それがチャラン・ポ・ランタンだった。その横にいる、赤いキャップを被ったチェロ奏者の人は…新倉瞳さんじゃん。なんか歌ってる! ブースでのステージのマイクテストだったようです。

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 次の公演が18時30分からと勘違いしていて、国際フォーラムを離れて少し休んでいましたが、18時15分からであることに気づいて、少しせわしなく戻りました。次もホールA。

公演No.114 5/3(金) ホールA“グランディオーソ”18:15-19:00
・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
・ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
・ラヴェル:ボレロ
 萩原麻未(pf.)/神奈川フィルハーモニー管弦楽団/齋藤友香理(cond.)

 ホールAの二階席はさすがに遠いよなあ、と当たり前のことを思いながら。『亡き王女のためのパヴァーヌ』、最後の音が早めにスッ…と消えたのが印象的でした。このホールが響かないってのもあるけど、あれは意図的に早めに消したのだと思います。──萩原麻未さん、青緑?にざっくりした線の入ったドレス。ラヴェルのピアノ協奏曲、躁鬱症みたいな曲だけど、2楽章がとても心地よかったです。ラストは『ボレロ』、ある意味でオケの力量が明確に出る曲なんで、神奈川フィルがんばって…! スネアは中央に二人、ずっとソロ奏者が一人で叩いていましたが終盤で二人になるところで俄然、曲に勢いがつき、さすがに遠さを感じていた二階席ものってきた感じでした。ぶおーっと盛り上がって、フィナーレに突っ込んで、大団円。気分爽快。やっぱりこういうのがなくっちゃね。

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公演No.126 5/3(金) ホールC“エスプレッシーヴォ”20:30-21:15
・ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ第5番 ホ短調 RV40から 第1、2楽章
・チャラン・ポ・ランタン:内緒の唄
・クレズマー・ヒストリー・メドレー:
 ニグン~オデッサ・ブルガリッシュ~コロメイカ~コロブチカ
・クレズマー・インスパイア・メドレー:
 ブロッホ「祈り」~チャラン・ポ・ランタン「マジシャン」~佐藤芳明「ヨールヨール」
・イディッシュ民謡メドレー:長靴~ドナドナ~アレブリダー
・モノー:愛の賛歌(チャラン・ポ・ランタン バージョン)
 新倉瞳(チェロ)/佐藤芳明(アコーディオン)/チャラン・ポ・ランタン(唄とアコーディオン)

 実はチャラン・ポ・ランタンをまったく知らなかったのです。だけど、今回、LFJの公演プログラムを眺めていたとき、なぜか、これは…!!と、ぴんと来るものがあってチケットを買っていました(ぼくの中の、今年のLFJの“なんだそれ枠”という感じでした)。新倉瞳さんが出ることも知りませんでした。──チェロとアコーディオン、響きの溶け合いかたが絶妙なんですね。新倉瞳さんがイディッシュ語で歌うチェリストだということも知りませんでしたし、アコーディオンの佐藤氏とのコラボ作品を出していたり、いろいろやっている方なんですね。『ドナドナ』がイディッシュ民謡だということも知りませんでした。知らないことばかりです。

 「クレズマー音楽」がテーマだということですが、「クレズマー音楽」とは? 新倉瞳さんによると、「おみそしると、カレーと、カリフォルニアロールとマクドナルドのようなものです」…どういうことでしょうか(笑)。伝統的なものから、様変わりしたものまで、そしておいしければなんでもいいじゃん、というものまで、といったようなことだそうです。わかったようなわからないような感じです。──佐藤芳明さんというアコーディオン奏者が、チャラン・ポ・ランタンの小春さんの「師匠」だそうで、師匠の曲に弟子が歌詞をつけました! その妹が歌います! ということで、「やばばい!やばばい!」というすっとんきょうな歌で盛り上がりました。「やばばい!」と合いの手を入れる新倉瞳さんの声が可愛いのがまた面白くて。なんなんだこれ。終わっても拍手が鳴りやまず、「アンコールありがとーう!」「一度引っ込んだりしません」と、そのまま続けてしまいます。──最後が『愛の賛歌』だったんですけど、ももさんの歌唱がわりと感動的だったのと、ヴォーカルのマイクのコードをさばくためにステージに出てきたスタッフのおねいさんをつかまえて『愛の賛歌』を歌いながらからんでしまう、あげくには客席に下りてきて一階席の通路で歌ってしまう(別に階段とかなくて、ステージの前の高い段差をそのまま下りてきたので、戻るときに、腹ばいみたいになって無理矢理に上がっていたので、もう、可笑しくて)など、LFJでこれをやってしまうとはなんてヤバイ人たちなんだ、と。本当に楽しかったです。いやー最高でした。出演者のことも音楽のこともまったく知らなかったのにこのチケットを取った自分をほめたいです。

4/29(月)えびね

 えびねの花を見に行った。


 ここは「町田えびね苑」というところ。窪地のような地形の場所が、保護された自然園になっていて、えびねが栽培されている。一年のうち、開花期の2週間ほどしか開園しないので、少しレアな場所だ


 数が多いのはキエビネだが、ジエビネ、タカネエビネといった種類もあるそうだ

読書&査収音源リスト(2024年1月~3月)

▼終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来(文春新書)/小泉 悠
終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来 (文春新書 1419)
 2023年前半までの時点の話。

▽黒牢城/米澤穂信
黒牢城
 面白かった。やっと読めた、2022年(第166回)の直木賞受賞作。この人の文章は映像が立ち上がってくるのがすごいと昔から思っているのだけど、ここまでホラー的で陰鬱な映像を見せられるとは…と舌を巻いた。──そして、史実との関係を何も知らない調べないまま読み進めて、読了してから少し調べたけど、へえ、その大筋まで史実だとは…。なるほど、それが最大の謎なのか…

▽鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた/吉岡桂子
鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた

▽ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景/国末憲人
ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景
 朝日新聞の欧州総局長をやられた方の本。2020年のナゴルノ・カラバフ戦争のときに特派員としてこの人の名前は覚えたのだけど、その後もウクライナを出入りしながらの丹念な取材による記事やTwitterによる発信を折に触れて目にしていた。ブチャ以前と以後でこの戦争の位置づけががらっと変わった、という指摘、日本ではどこまで共有されているだろうか。最後は滞在していたキーウのホテルでミサイルの直撃に遭い(2022年12月31日)、負傷した同僚を国外に連れて行ったところで終わる。歴史の記録だ

▼隋 「流星王朝」の光芒(中公新書)/平田陽一郎
隋―「流星王朝」の光芒 (中公新書 2769)
 隋とは言ってもそれを語り起こすには欠かせない北周、楊堅や独孤皇后の時代に関する記述は、同じ中公新書の『南北朝時代』ではほとんど触れられなかったが、もしかしたらこちらに譲られていたのだろうか。面白かった。新書には珍しく、読ませる文章だった。かなり重きを置いて語られるのが突厥との力関係で、南北朝時代って南朝と北朝と突厥の三国鼎立時代と言えるのかも。

▽ロバのスーコと旅をする/高田晃太郎
ロバのスーコと旅をする
 ついったーで見たあの人か!と思って読んだ。なんか、基本的に淡々としているのね、意外と

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▼ストラヴィンスキー: 春の祭典、リムスキー=コルサコフ: シェエラザード/ヴラディーミル・フェドセーエフ、モスクワ放送交響楽団 (2022年K2HDマスタリング)<タワーレコード限定>(NCS-88003)
https://tower.jp/item/5558841/

2/4(日)一乗谷朝倉氏遺跡


 永平寺のバス乗り場は、昔の京福電鉄の永平寺駅の跡だと思う。廃線跡で、今は自動運転車の実験がおこなわれているようだが…



 難しいんだろうなあ

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 さて、一乗谷に行ってみることにした。永平寺と一乗谷は山を隔てていて、一般的な交通路では分断されているが、観光客向けの回遊バスを、一日に何本か運行しているようだ。11時20分のバスで、急峻な山道を越えて、ものの15分くらいで隣の里に下りることができた。

 「復原町並」でバスを降りてみた。一乗谷朝倉氏遺跡は、越前を支配した戦国大名の朝倉氏が本拠を置いた城下町が発掘されている場所だ。町並って言っても、どんなものだろうね、と思いながら入ってみると…


 あっこれおもしろいかも


 こういうのって、建物がそのまま出てくるわけじゃないし、建物の柱がこういう加工です、なんて言われても、何を根拠に作るんだろう、とは思うのだけど、礎石の配置や出土した部材から、建物の構造を検討していくそうだ。土台の石垣なんかはそのまま水田の中に埋まっていたのだと説明を受けた。(後世の農民はそんな石がごろごろ出てくる土地で苦労してたんだろうなあ)


 もっと面白かったのは、朝倉氏の館跡、という敷地、そしてその後ろの山にある、庭園跡だった。


 庭園跡なんて言われても、何が残っているのかしら、と思いながら登ってみると、…ありゃ心字池じゃないか


 まさに庭園。ここまで残っているとは、びっくりした。


 ここにさむらいやお姫さまが住んでたと言っても、今は礎石のみ残る、夢の跡って感じだ

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 平面復原地区をのんびり歩く。──しかし、この谷あいに、一万人もの人口があったという説明だが、さすがにそれは本当だろうか、と思う。相当に過密な環境になったはずだし、人が住むということは衛生設備も必要だ。下流の福井市街あたりの平地に住んだ方がいいじゃないか、と思うのだが、戦国時代では、軍事的に守られる要害がなければ人口を擁することができず、人が住むならばこういうところになったのだろうか。


 「下城戸跡」の土塁と、巨石の石積み。この谷あいの城下町の、入口の城門だ。これもすごい迫力だ。

2/3(土)~2/4(日)永平寺


 永平寺に向かう。福井からは、えちぜん鉄道という鉄道が伸びていて、それの永平寺口駅から路線バスになる。養浩館庭園からぶらぶら歩いて、JRの北陸本線と並行した高架橋の上に、えちぜん鉄道の新福井駅というのがあるので、そこから乗った。無人駅だが、乗り込むと、女性の車掌さん(アテンダントさん)が、にこやかに車内補充券を売りに来る。いまどき珍しい感じだと思う。永平寺口まで460円だった。


 この「えちぜん鉄道」、昔は京福電鉄という私鉄の路線だったが、赤字ローカル線になって大事故を連続して起こし、一度廃止され、第三セクターとして復活した、という歴史を持つ。京福電鉄時代は昔は永平寺口から永平寺までの支線が伸びていて、ぼくはその時代に来たことがあるはずだが、そのころはすでに支線はバス代行になっていたと思う。



 永平寺口駅。ここは京福電鉄時代は「東古市」という駅名だったはずだ

 ここの駅前から路線バスに乗る。北の、芦原温泉駅から来たバスのようだ。乗客は少なく、永平寺まで430円。福井市内からの直通バスの方が安いはずで、永平寺への交通機関としては完全に裏道という感じである。

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 永平寺に参拝した。


 永平寺は曹洞宗の大本山だが、日本にある一般的な寺とはだいぶ違うところのようで、例えばここには檀家というものがないのだそうだ。若い僧がここに入って修行生活を送り、卒業して出て行く、という、道場であって、そういう意味では、ここは修道院というか、学校に近いのだろう。


 傘松閣というのは客間のようなところらしい。大広間の天井画は昭和5年のもので、川合玉堂や伊東深水など144人もの日本画家による花鳥風月画である


 伽藍は斜面に建っていて、回廊が階段になっている。



 波板プラで囲われているのは雪囲いなのだろうが、


 こういうののほうが伝統的なやり方なのだろうなあ


「誦経宜中音㝡禁高聲勵聲」
“経を誦むは中音を宜しうし、高声・励声を最も禁ず” という読み下しで合っているだろうか

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 永平寺には宿坊というものがなく、泊まるには永平寺が経営の、このホテルになる。運営は藤田観光だそうだ

親禅の宿 柏樹關

 座禅体験に参加した。座禅体験自体は永平寺で毎日やっていて、そこに宿泊者グループも参加する形のようだ。──いわゆる結跏趺坐という座り方はどうしてもできないので、半跏趺坐にしておく。説明を受けた後に、三十分ほど、と言われて、座禅の時間が始まるのだけど、…座っているうちに、終わりの声がかかった。いつの間に? という感じだった。

 座禅というのは、それ自体は、何かを得るためにやるものではなく、ひたすら座って、仏と同じ姿になる、ということなのだそうだ。なるほどね。心を落ち着けるためにやるとか、それをやればいいことがあるとか、そういう目的でやることではないということなのね。

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 永平寺の参拝は16時半までであり、その時間が過ぎると、門前の町には人通りというものがまったく途絶え、開いている店の一軒もなくなる。──フロントに、お店とか全然開いてないんですね、ビールでも飲もうと思ったんですが、と言ったら、缶ビールを売ってくれた。宿坊ではなくホテルだからこそ、お酒も飲めるわけではある。

 夕食は精進料理のコースだった。献立はこちら



 ぼくは料理のことはわからないけれど、豆と野菜と昆布出汁だけでよくここまで…。しかし、材料がそれじゃ、そりゃ昔の人は栄養不良になるよな、とは思った。──精進料理とは言ってもお酒も飲めてしまう、ホテルなので。福井のお酒、「一本義」をいただいた。

 浴場は香油のかおりがただよっていた。いわゆる抹香のかおりである。なるほど、昔は入浴習慣などもいまとはまったく違っただろうから、香りというのは今とは違う意味があったのだろうな、と思う。

*

 本来なら、宿泊者は、朝課、つまり朝のおつとめに参加できるのだが、2月のこの時期は朝課には参加できないのだそうだ。それを期待してここに来たのだが、大変残念である。だが、4時集合で、法話と堂内の案内を受けた。


 朝食の献立はこちら。朝食におかゆっていうのは、いいよね。──朝風呂にも入って、堪能した。


 「龍門」こと永平寺の正門をあとにした。

2/3(土)養浩館庭園


 翌朝、お城の本丸を突っ切って歩く。福井県庁の敷地だが、だからこそべつに一般国民が通り抜けても構わない。


 結城秀康。徳川家康の息子だ。乱行で有名な(?)松平忠直はさらにその子供になる。北ノ庄と呼ばれていた福井に、いまに残る城を築いたのが結城秀康なのね。その後、福井は徳川時代を通して親藩の松平家の支配下にあった。


 福井市立郷土博物館、こちらにいるのは松平春嶽。

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 福井市立郷土博物館を見てから、近くにある「養浩館庭園」に行った。ここは松平家の別邸、“御泉水屋敷”と呼ばれていたところで、明治以後も松平家の私有だったそうだ。とは言っても、福井は空襲で壊滅し、終戦直後の大地震でさらに壊滅している歴史があり、庭園の構造だけ残ったところに、平成になってから建造物を再建したものだという。

名勝 養浩館庭園

 屋敷に上がった瞬間に息を呑んだ。


 水…!

 これは驚いた。こんなに広い水景が、座敷から直接見えるというのは、珍しい日本庭園だと思う。


 建屋がほとんど水面に張り出したようなところもある。これは洒落た別荘だ。維持するのが大変だろう


 水の流れと、洲浜がしつらえられている。これはかなりの数寄者の造った別荘だぞ…などと思った

*


 ここは“御湯殿”だそうだ。浴槽があるわけではなく蒸し風呂だという。その前の部屋には、排水のための傾斜がついている


 おもしろいのは、この湯殿の下には池が掘り込まれている。これって池の水を汲んで使っていたということなのだろうか。そもそもがこの庭園の池自体、上水を引き込んでいたということだ


 池の反対側からの眺め。庭園は、いまは塀が立っていてすぐに敷地が区切られているが、往時はもっと広かったそうだ。──この屋敷のセンスは気に入ってしまった。

2/2(金)福井へ

 休みを取れたので出かけることにした。午後、新横浜から新幹線『ひかり513号』の自由席で、15時01分に名古屋に着いた。


 在来線のホームできしめんを食べる。名古屋駅、ほとんど全部のホームにそれぞれきしめん屋さんがあるようだ。うまい。



 乗り換えるのは、15時48分発の、特急しらさぎ11号、金沢行き。これで福井まで行く。新幹線からの乗り継ぎで特急券を買ってあった。東京から、列車で福井に行くには、米原で新幹線から特急『しらさぎ』に乗り換えるのが最も使う人が多いやり方だと思うが、『しらさぎ』の半分くらいの列車は名古屋が始発になっている。──福井・敦賀には来月、北陸新幹線が金沢から伸びてくる。この、名古屋から米原・敦賀・福井を通って金沢まで行く『しらさぎ』は廃止されて、敦賀止まりに変わる。長距離の特急列車が飛び交っていた北陸本線も、いまが最後の姿だ。


 6両編成、そのうち自由席は2両。ぼくは指定席を取ってあったが、西日を浴びながら走る列車はがらがらに空いていた。在来線の東海道本線を特急列車で進むのも珍しい経験である。自分の乗った列車が岐阜や大垣に停まったのはいつ以来だろうか、などと考えているうちに、うたた寝してしまった。普通列車とは違う、新垂井経由のルートのはずだけど、よくわからなかった。

 米原では進行方向が逆向きに変わるとともに、後ろに3両増結したそうだ。北陸本線の特急が6両というのは少ないな、そんなに需要が減ったのか、と思っていたので、やはり米原からの方が乗客が多いのか、とちょっと安心(?)した。米原を発車してしばらくすると、連結部の通路を開ける作業が終わったらしく「6号車と7号車の間、通れるようになりました、お待たせいたしました」と丁寧に放送するのに感心した。──名古屋駅で買った“ひつまぶし巻き”を食べる。米原で座席の向きを替える活動(?)があるのがわかっていたので、それまで駅弁を開けずにいたのだった。

 ところで、ここまで、関ヶ原あたりでも、湖北のあたりまで来ても、まったくと言っていいほど雪を見ない。このあたりも雪のない土地ではないはずなのだけど、と思っていたら、さすがに余呉湖のあたりから風景が俄然寒々しくなってきて、国境の山越えにかかった。──それでも、敦賀を過ぎて北陸トンネルを越えて、福井に着いてみると、やはり、街にはまったく雪がなかった。2月のこの時期の旅行なのでわざわざブーツを履いてきたのだが、結局、このあとも、少なくとも街なかで雪を踏むことは一度もなかった。

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 福井に着いた。17時58分。


 新幹線の開業を来月に控えた、福井駅。この日は駅からすぐのビジネスホテルに投宿する。



 話には聞いていたが、福井は恐竜が売りの土地であり、駅前にも恐竜がうごめいている。──この恐竜、首などが動くだけではなく、ぶおお、とか奇声を上げていて、これはちょっとやりすぎではないのかという気がする。それに、こんなシマシマ模様だとか、本当に学術的に正しい考証なのだろうか。


 路面電車もしずしずと駅前に入ってきた。


 福井は駅からすぐのところにお城の本丸が残っており、お濠の向こうの石垣の中に、福井県庁が建っている。城跡に今でも県庁があるというのは珍しい。ここ以外だと静岡の県庁が城跡にあるのを思いつくけど、そのほかにはなさそうだ。

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 日本海側に来たのなら、おいしい海の幸を食べたい。しかし、カニが名物なのはわかっているけれど、カニは、一人で食べるものではないっていうか…。何がいいかな、と考えながら、片町という繁華街(金沢にも片町という繁華街があるが、福井にもある)に歩いて行った。──ある店に入り、品書きを見て、これだ、と思い、寒ブリのお刺身を頼んだ。ニュースによると、今年は寒ブリが豊漁なのだそうだ。食べてみると、これが、よく脂がのっていて、これまで食べたことがないほどおいしい魚だった(食文化や流通経路の違いもあるのかもしれず、関東ではあまりブリを刺身で食べないように思う)。塩をちょっとつけて食べるのが、魚自体の味を感じられて、おいしい。本当においしい魚のお刺身には、醤油なんてつけちゃだめだなあ、ブリってこんなにおいしい魚なのか、と感心してしまった。