night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

令和4年のまとめ。

■一年間の旅行先。
・名古屋(3月上旬/1泊1日)
・静岡(6月中旬/1泊1日)
・黒羽(9月中旬/1泊1日)
・北海道(10月中旬/4泊5日)

 「1泊1日」というのは、日帰り旅行の変型というか、夜遅くに泊まるだけの日と、行った先でぶらぶらして帰る日、という組み合わせ。それを泊りがけの旅行と呼ぶのかはわかりませんが、限られた日程と体力でなんとかして気分転換したいという気持ちの現れです。

■一年間に見た舞台、コンサート、映画、など。
・01/03(月):水樹奈々さん「NANA MIZUKI LIVE RUNNER 2020→2022」@さいたまスーパーアリーナ
・05/29(日):舞台「偽伝春琴抄」(出演:黒沢ともよ)@ DDD青山クロスシアター
・07/09(土):東京六人組 @かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール
・08/06(土):水樹奈々さん「NANA MIZUKI LIVE HOME 2022」@さいたまスーパーアリーナ
・11/13(日):藍井エイルさん「Eir Aoi 10th Anniversary LIVE 2022 ~KALEIDOSCOPE~ History of 2011-2022」@横浜アリーナ
・11/27(日):坂本真綾さん「Sakamoto Maaya LIVE 2022 “un_mute”」@東京国際フォーラム ホールA
・12/18(日):新居昭乃さん「LIVE 2022 “フィンブルの冬”」@ SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

■一年間に行った展覧会、美術館、博物館。
・01/13(木):「民藝の100年」@東京国立近代美術館
・01/21(金):「ポンペイ」@東京国立博物館
・01/30(日):「池内晶子 あるいは、地のちからをあつめて」@府中市美術館
・02/19(土):「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」@東京都美術館
・02/19(土):「メトロポリタン美術館展」@国立新美術館
・03/04(金):「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」@名古屋市美術館
・03/04(金):ヤマザキマザック美術館(名古屋市東区
・03/04(金):「バンクシーって誰?展」@グローバルゲート ガレージ名古屋(名古屋市中村区)
・03/06(日):「生誕110年 香月泰男展」@練馬区立美術館
・03/14(月):「ミロ展」@ Bunkamuraザ・ミュージアム
・05/08(日):町田市立自由民権資料館(企画展「野津田薬師堂と武相寅歳薬師」)
・05/15(日):「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」@東京都美術館
・05/15(日):国立西洋美術館(常設展)
・05/15(日):「シダネルとマルタン展 最後の印象派、二大巨匠」@ SOMPO美術館
・05/15(日):「篠田桃紅展」@東京オペラシティ アートギャラリー
・06/18(土):静岡市立芹沢銈介美術館
・06/18(土):静岡市立登呂博物館
・06/18(土):「スイス プチ・パレ美術館展 花開くフランス絵画」@静岡市美術館
・06/18(土):「兵馬俑と古代中国 秦漢文明の遺産」@静岡県立美術館
・06/26(日):「彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動」@町田市立国際版画美術館
・07/31(日):「ボストン美術館展 芸術×力」@東京都美術館
・07/31(日):「フィン・ユールとデンマークの椅子」@東京都美術館
・07/31(日):「自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」@国立西洋美術館
・08/21(日):「長谷川潔 1891-1980 日常にひそむ神秘」@町田市立国際版画美術館
・09/01(木):「ゲルハルト・リヒター展」@東京国立近代美術館
・09/02(金):「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡 市民が創った珠玉のコレクション」@国立新美術館
・09/02(金):「李禹煥」@国立新美術館
・09/10(土):黒羽芭蕉の館(栃木県大田原市
・10/14(金):ウポポイ(民族共生象徴空間)・国立アイヌ民族博物館(北海道白老町
・10/28(金):「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」/「MAMコレクション015:仙境へようこそ ―やなぎみわ小谷元彦、ユ・スンホ、名和晃平」@森美術館
・11/20(日):「アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで」@府中市美術館
・12/25(日):ヴァンジ彫刻庭園美術館静岡県駿東郡長泉町
・12/25(日):ベルナール・ビュフェ美術館(静岡県駿東郡長泉町

*

 特に2022年の後半は、どんどん腰が重くなって、ほとんど外出しなくなってしまいました。何に疲弊しているのか、ちょっと自分でも整理しきれていません。社会も大きく変化するけれど、それとかかわりなく変化していくものも、否みようもなくあるな、などと考えているこの頃です。

読書&査収音源リスト(2022年10月~12月)

ウクライナ戦争の200日(文春新書)/小泉 悠

羊をめぐる冒険(上・下)(講談社文庫)/村上春樹

▽マレー蘭印紀行(中公文庫)/金子光晴

▽語学の天才まで1億光年/高野秀行

▼マイ・ブロークン・マリコKindle版)/平庫ワカ

「もういない人に会うには、自分が生きているしかない」

▽「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済(光文社新書)/小川さやか

▼ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2/ブレイディみかこ

▽中国畸人伝/陳舜臣

「あたしは、あなたの夢の物差しだったのね」

南京の基督芥川龍之介青空文庫

▽恋ふらむ鳥は/澤田瞳子

▼ふしぎの国のバード (9)/佐々大河

乙嫁語り (14)/森薫

▼名もなき本棚(集英社文庫)/三崎亜記

ウクライナ戦争(ちくま新書)/小泉 悠

▽三千円の使いかた/原田ひ香

*

▼Atrium/上田麗奈

▼あなたとわたしを繋ぐもの(通常盤)/牧野由依

NANA MIZUKI LIVE HOME × RUNNER(Blu-ray)/水樹奈々

坂本真綾 LIVE 2022 “un_mute”@東京国際フォーラム ホールA 11/27

 坂本真綾さんのライヴ。ライヴのタイトルが発表されたとき、象徴的というか挑戦的というか、意気込みのあるタイトルだな、と思った──「ミュート(無音)を解除する」と説明されている。2daysの二日目に行ってきた。東京国際フォーラムに入るのも3年半ぶりになる。近くには毎日来てるんだけど、やはりイヴェントからはだいぶ遠ざかっている。


・菫
・言葉にできない
・SONIC BOOM
・雨が降る
・プラリネ
・ねこといぬ
・Here
・Waiting for the rain
ディーゼル
・まだ遠くにいる(新曲)
・un_mute(新曲)
・Remedy
・お望み通り(instrumental)
・カザミドリ
・Hidden Notes
・空白
・レプリカ
・クローバー
・千里の道


 キーボードのシンプルな和音で始まる『菫』で幕開け。──ぼくの座席は1階の前の方だったが、かなり下手側で、ステージの全体は見えない角度。ステージの奥は三角形の白い壁になっていて、イメージが投影されたりする。坂本さんのドレスは青いコクーンドレスで、ふくらんだシルエットがちょっと違和感があったけれど、バンドのインストが明けて後半の衣装はスマートなパンツスーツだった(だけどこれが、肩がざっくり開いた不思議なデザインになっていて、あれはどうなってるんだろうと思っていた)。

 坂本さんのライヴは2021年3月の横浜アリーナ以来になる。あれは25周年記念ライヴという触れこみで代表曲を中心に選んだけれどそこでは選べなかった曲をセットリストに入れた、というような意味のMCがあった。『SONIC BOOM』のイントロが入ったときに鳥肌がたった。この曲が好きだったことも忘れていた。2009年の“かぜよみ”ツアーに言及されたけど、そうだった、ぼくはあのときもこの国フォAにいた、とても寒い日だった、…なんてことも思い出していた。

 MCで、菅野よう子氏から贈られて会場に置かれているフラワースタンドについて、「ボードに『ばぶ~!』と書いてある。菅野よう子がそれを申し込むのに、『ばぶ~』でお願いしますぅ!あ、伸ばすところは波線でお願いしますぅ!とか言ってたのかと思うと可笑しい。」というようなことを言っていて、その菅野よう子氏の口調を真似るところとかも面白くて笑ってしまった。(そのフラワースタンド、ホールAの1階の入口の右手にあったんだけど、終演後には写真を撮ろうとする人でごった返していた。まあ、あれは可笑しいよね(^^)──そして、そんな菅野よう子氏が十代の坂本真綾に歌わせた、今思うととても大人っぽい曲、として披露されたのが『ねこといぬ』だった。緊張感あふれるジャジィなアレンジで、じっくりと歌詞を聴いていたら、たしかに、ストーリーが思い浮かぶようで浮かばないような、とても不思議な歌詞の曲ではある。

 後半では、昨年亡くなった音楽プロデューサの渡辺善太郎氏に最後にアレンジしてもらった曲、として『Hidden Notes』を歌っていた。「誰かにまた会えることが当り前のことじゃないということを感じる年齢になってきた」、──「でも私はこれからも歌っていくよとみなさんに伝えたかった」という坂本さんの言葉はとても力強かったし、会場の拍手も大きかったと思う。

 客席は全席販売されていたが、以前の恒例だった『ポケットを空にして』の合唱はまだできずで、アンコールなし、2時間余りの一本勝負できっぱりと終わるライヴだった(「コスタリカ戦までにみなさんを帰さないと…」ということだった(笑))。跳ね回るような激しい曲は抑え気味だったと思うし、年齢的なこともあるのかもしれないけど、前にも増して落ち着いたライヴになったな、という感想だった。──坂本さんのライヴに来るといつもいろいろ考えてしまう、というか、なんとなく厳粛な気持ちになるんだよな。もはやこちらも来し方を振り返るくらいになってきてしまっているからなあ。

「アーツ・アンド・クラフツとデザイン」@府中市美術館 11/20

 府中に出かけた。これまでなら自転車で行ったところだけど、天気が悪くなりそうなので、電車で、京王線の東府中で下車。駅から歩いて行くと、ほどなく航空自衛隊府中基地の敷地に突き当たる。その横のほうにあるのが「府中の森公園」だ。


 もう寒いので芝生の丘にも人がいない。この方が好きだな。


 府中市美術館では『アーツ・アンド・クラフツとデザイン』という展示をやっている。19世紀の英国で“アーツ・アンド・クラフツ運動”という芸術の流行があって、中心的人物がウィリアム・モリスという作家だそうだ。うん、聞いたことはある名前だけど…時代的にはラファエル前派とかと近いよね。

府中市美術館アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで

 花のタイルパネルなんかとてもきれい。植物の複雑な意匠なんかは、後の時代のアールヌーヴォーにも通じる、というよりも時代的にはこちらの方が先なのか。──美しいインディゴ染めは、いったん全体を青く染めてから色を抜くところを洗い落とす、という方法で白い模様を出しているそうで、えっ、日本の藍染めとは逆じゃないかな?

 英国で工業化が進んだ時代に、化学染料ではなく天然素材に、機械工業ではなく手作業にこだわって、社会運動としての側面もあったのだそうだ(戦後の日本でいう消費者運動にも似てるかも)。だが、そうするとどんどん製品の値段が高くなって、庶民には手が届かないものになってしまう、というジレンマに陥っていたという。──いかにもどこかで聞いたことがある流れで、まさに日本の民藝運動はこの“アーツ・アンド・クラフツ運動”から影響を受けていたのだそうだ。"VSE & BEAUTY"なんていう標語が書かれたアーツ・アンド・クラフツ運動の時代のポスターなどがあって(VはUの古風ぶった書き方ですよね)、要するに「用の美」って言ってるんだよねこれ、と感心してしまった。

 玉虫色のファブリルガラスや、半透明のワセリングラスのランプシェードなどとても美しく、このへんになるとアールヌーヴォーの時代っぽくなってくる。最後には、フランク・ロイド・ライトの直線的な(工業生産に親和性の高い)デザインに行きついて、展示はおしまい。──とても面白かった。スタンプコーナーでも遊んでしまった。

*


 府中市美術館の、展示を見終わって最後に階段を降りるときの、この窓が好き。


 絵になるディスプレイだけど、映り込まずに写真に撮るの難しいなあ

*


 府中の森公園の日本庭園は紅葉がきれいだった。──帰りは、東府中から京王線で一駅、府中競馬正門前駅で下りて、競馬場の横を歩いて、JRの府中本町駅へ。このへん、知っているようでいて、駅から競馬場につながる通路など歩いたことなかったので、ちょっと新鮮だった。

『Eir Aoi 10th Anniversary LIVE 2022 ~KALEIDOSCOPE~ History of 2011-2022』@横浜アリーナ 11/13

 日曜日、藍井エイルのアリーナ単独ライヴ。開催することは知っていたけど、一週間くらい前にまだプロモーションしているのを見て、えっチケット余ってるの?!と。プレイガイドの一般発売を見に行くと、これが、買えるのでした。まじか…超大手企業(ブ○ロード)と日程がぶつかったからかな…とか思いながら、入れるなら入ろうじゃないか、と思って、チケットぴあの一般発売の最終日(水曜日)に買ってしまいました。ぼくが行きやすい横浜アリーナだからというのもありました。例えばもしこれがさいたまスーパーアリーナだったら買わなかったかもしれません。

 …などと、やる気のないようなことを書いているけれど、藍井エイルがものすごいシンガーであることは、自分なりに理解しているつもりです。活動休止前の最後の日本武道館ライヴに行ったときも、こんなにすごいシンガーがこのシーンからいなくなるなんて、惜しい以外のなにものでもない、と思っていた*1し、その後、彼女が活動再開してからも、リリースこそ追っていなかったけれど、折に触れて彼女の歌声に接することはあったし、コロナの時代が始まって世界がどんどんおかしくなり始めたときに、ふとインターネットで見た『シンシアの光』の彼女のパフォーマンスに、あのときは勇気づけられたと言っても過言ではありません。──エイルがどんな歌手になったのか、見てみたくて、チケットとペンライトだけ持って新横浜へ出かけました。

 小雨模様の中、横浜アリーナに入りました。大規模ライヴに来ることもめっきり少なくなったけど、入場口に行列して、簡単な荷物検査と、手のひらをあてる適当な体温検査、そして紙チケットは昔のようにスタッフがもぎってくれました。ほとんどコロナ前と同じようなイヴェント運営に戻ったようです。ぼくの座席は南スタンド、その中でも限りなくサイドに近い位置で、ステージ向かって右側の大モニタが辛うじて見えなくもないという角度、ステージセットや中央の奥のモニタはほぼ見えませんでした。(横浜アリーナを「横に使う」ステージ形態だったことが若干話題になっていましたが、ぼくはむしろここを「縦に使う」ライヴの記憶がないなあ。) 一般発売のチケットを直前ぎりぎりの時期に買ったので、まあそんなものだろうとは思っていたけど、思ったよりも本当に端っこだな、とも。そんな天空席は、1席空けで売っているのか、左右とも空いていました。これは助かるけれど、ブロックの1列まるごと空いているところもあり、売りきれなかった様子ではありました。

MEMORIA
・AURORA
・シンシアの光
・(MC)
・KASUMI
・サンビカ
コバルト・スカイ
・グローアップ
・(intermission)
・星が降るユメ
GENESIS
・鼓動
・MC
・心臓
・ANSWER(新曲)
・流星
シューゲイザー
・(instrumental)
・虹の音
・約束
・(MC)
PHOENIX PRAYER
・翼
IGNITE
・INNOCENCE
シリウス


-encore-
・HELLO HELLO HELLO (*)
・YeLL (*)
・HaNaZaKaRi
ラピスラズリ


(*) w/ 日本工学院専門学校ダンスパフォーマンス科のみなさん

・というか、知らない曲ばかりでもべつにいいかと思って行って、スタンドの端っこに座り、始まっても周りはやはり立ち上がらない雰囲気で、こんな辺境の席じゃあね…ステージセットも見えないしね…と思っていたら、幕開けから『MEMORIA』に聴き入ってしまい、ぼくは早くもちょっとじーんときていました。
・2曲目の『AURORA』からは、周りは立たないけどちょっとこれはもう立たざるを得ないぞ!(?)という感じになり、その次が『シンシアの光』だもん。そんなのありか…! これは燃える!
・最初のMCでは、「カレイドスコープの世界にみんなを迷い込ませたいと思います。…迷え…」みたいなことを話していましたが、なにがどうカレイドスコープだったのかはよくわからず。ステージセットや演出がほぼ見えない席だったからか?
・語りの入った映像コーナーも、映像が見えなかったのでわからなかったものの、ただ、語りには、ああ、これがエイルの言葉なんだろうな、と思わされるものがありました。
・『コバルト・スカイ』ではタオルをぶんぶん振り回させ(ぼくはタオル持ってなかったのでペンライトを振ってましたが)、『グローアップ』では、おっとっと、みたいなフリが楽しいコミカルな曲で、センター席の前の方は振りコピってるのが見えましたね。
・前半は黒のシースルーっぽい衣装、後半は白い衣装で、羽織ってるのを脱ぐと肩が出てる衣装でした。
・たしか『約束』のアウトロのあとでしたが、ドラムスがビートを刻みだして、しばらくそれが続き、「…入り込んじゃってた。メンバー紹介でした。」と、これは本当に忘れていたようです。──アンコールのとき、この事件に言及して、「横アリには魔物がいるよとアドバイスしてくれた先輩がいたんだけど、魔物がいました」なんて話していましたが、…誰ですかね、その先輩って(^^
・最近の曲では『流星』あたりめちゃめちゃかっこよかったですね。『翼』がいつ来るのか入るのかドキドキしてたんですが、短いSEを挟んであのイントロが来たときは鳥肌立ちました。
・アンコールを求めるオーディエンスは、しかし声を出せないので拍手を続けるスタイルが定着している昨今ですが、この日は「ぱんぱんぱん! ぱんぱんぱん!」という手拍子をするというかたちでした。これ、「えいえいるー!」スタイルなのかな?
・アンコールでは青いグッズTシャツを着てきたエイル、センター席の外周をトロッコに乗って一周していました。曲は『HELLO HELLO HELLO』で、オーディエンスのペンライトが一斉に黄色に染まりました。エイル、トロッコに乗るの、夢だったんですって。へえ、フェス系のライヴとかで乗ったことないのかな?と意外に思いましたが、単独アリーナライヴが初めてだというのなら、そうなのかも。このパートではダンサーさんも大勢出てきて、あれ40人くらいいたんじゃないかな。楽しそう。日本工学院のダンスパフォーマンス科のみなさんだったそうです。


 ぼくがこれまでに唯一、エイルの単独ライヴを見たのが、2016年11月5日の『LAST BLUE』日本武道館でしたから、ちょうど6年たったのか。ライヴのスタイルはあまり変わってないと思いましたが、…ああ、普通に笑う人なんだ、って思って(?)、それはよかったと思いました。エイル、あまりパーソナルを出していくタイプの人ではないのだろうと思っているのだけど、ぼくが知らないだけなのかな? ──このライヴはデビュー10周年という題目もあったようですが、活動休止期間があったので実際にはまだ9年数か月だと話していましたが、細かいことはいいでしょう。あの声の伸び、あの強さと、音程の不安のなさは、ほんと、維持してるのはすごいことだと思いますし、エイルという実力のあるシンガーのステージに立ち会えたこと、それだけで価値のある日でした。

*1:あのときの自分の日記記事を読み返すと、今となってはなんだか気恥ずかしい。あのときは、何かに憑かれたようなエイルの気迫に向き合って、本当に、歴史の終わりに立ち会った、と思ったのです。

10月の園芸部


今年もイタリアン・ホワイトを育てましたが、あまり大きくなりませんでした。花を育てるのってほんと難しいよね(10月1日)



この色合いが大好き。マリーゴールド、「ボナンザ・スプレー」。ほっとくとわさわさ茂ってしまう。(10月1日、10月22日)


このジニア、好きだな。今年は陽当たりをよくできなくてひ弱になってしまったので、来年も育ててみよう(10月11日)


もう咲き終わりのひまわり。(10月11日)


いつのまにかそびえたってしまったセイタカワダチソウ。嫌われがちな外来植物ですが、よく見ると繊細な花が咲いている(10月16日)

 今年の園芸部活動はそろそろおしまい。──今年は、ナスの木を4株育てて、6月から10月にかけて大量のナスが収穫できて、よかったのだけど、ちょっととれすぎという感じもあった。4株はやりすぎたかな。

 また、ミニトマトもよくとれたのだけど、旺盛すぎる株の勢いをコントロールできず、植えた場所もよくなくて、手入れができなくなってしまい、8月の下旬には大幅に伐採せざるを得なくなった。もっとうまく栽培できるはず…。ナスは10月30日に片付けて、跡地には冬に向けて大根の種をまいた。プランターでは小松菜を栽培。来年は何を作ろうかな。


ナス、もうおしまい。(10月22日)

10/28(金)六本木

 平日の午後に時間ができたので、ちょっと散歩。


エレン・アルトフェストの油彩。


金沢寿美、新聞紙を鉛筆で塗りつぶしてある。


ツァイ・チャウエイ(蔡佳葳)。

森美術館地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング


 これはすごい。小谷元彦『ホロウ:全ての人の脳内を駆け抜けるもの』

 少女は意外に浮かない表情をしている

森美術館MAMコレクション015:仙境へようこそ―やなぎみわ、小谷元彦、ユ・スンホ、名和晃平

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国立新美術館NACT View 01 玉山拓郎 Museum Static Lights

10/12(水)留萌本線とバスで増毛へ


翌朝のホテルの部屋からのビュー




旭川駅、市街地の反対側は、緑あふれる公園になっていた

旭川駅、ホームへの階段もしゃれている


 翌日は、旭川10時30分の特急『ライラック18号』札幌行きに乗った。次の停車駅は深川で、19分で着く。早々と下りた。


 深川は留萌本線の乗換駅で、1両のディーゼル車が入って来た。次の留萌本線は11時10分である。


 深川駅。急に平成初期のような視界になったぞ…


 留萌本線日本海側の留萌に向かう路線で、深川からは一日に7本の普通列車が出ている。つい最近、2016年まではさらに留萌の先の増毛というところまで伸びていたが廃線になっている。来春にはさらに途中の石狩沼田から先が廃線になることが決まっている。──そんなローカル線なので、どれだけの客が乗るのだろう、と思っていたら意外に混んでいて、座席は埋まってしまい、さらに札幌方面からの特急列車から乗り換えてくる人も10人以上いて、おそらく40人以上が乗って留萌行きは発車した。ぼくはクロスシートには座れず、車両の後ろの方のロングシートの部分に腰掛けた。ローカル線にしてはかなり混んでいる方ではないかと思うが、旅行者と地元の人の区別はぼくにはあまりつかない。

 広々とした平野を走って行くが、はるか遠くには暑寒別の山並みが見える。秩父別、石狩沼田で何人か下りたがまた乗ってくる人もいた。石狩沼田の次の恵比島を過ぎると、留萌管内への山越えになる。大多数の人は留萌まで乗り通すようだった。


 秩父別駅。ハロウィンのかぼちゃの飾りつけが


 恵比島駅は、『すずらん』という平成11年の朝の連続テレビ小説で「明日萌駅」として登場したのが、残されているそうだ

 車窓には並行する高速道路が見えて、これは「深川留萌自動車道」という無料の高速道路が道央道から分かれて留萌まで通っているものである。鉄道が廃止になることについてはいろいろな意見があるのだろうが、地域間の交通路がなくなるわけではないし、高速道路ができたんじゃあねえ、という気もする。日に7本、1両のディーゼルカーに何十人かばかり乗っていたところで、それ以外に何も運べない交通機関になってしまった、それが現実なのかもしれない。


山越え

 車内はぽかぽかと暖かい。地元の人と、久しぶりに帰ってきたようなことを言っている人が、このあたりも家がなくなったなあ、そこにも何軒かあったよねえ、などと話している。峠下という林の中の駅(ここも昔は集落だったようだ)を過ぎると、川に沿って下り、留萌の市街に入って行った。──終点の留萌駅に着くと、一つしかない改札口に乗客が大渋滞になった。


 本当に、写真を後から見返して驚いているんだけど、雰囲気がまるで平成初期だ

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 留萌駅

 留萌市は人口2万人、道庁の支庁も置かれ、そもそも鉄道が伸びてきていることからも、戦前までは日本海側の拠点になる港町だったようだが、鰊も炭鉱もなくなって、今また鉄道もなくなろうとしている。


 窓口はつぶされているものの、札幌へ直通の高速バスが一日に7本あるようだ。しかもここは北海道中央バスのターミナルで、留萌と札幌の間にはさらに沿岸バスが4本ある

 沿岸バスの営業所で一日乗車券を買い、大別苅行きのバスに乗って、増毛に向かう。


 なんだか様子がおかしいが、沿岸バス(株)さんはこういう感じで知られている

 留萌から増毛までは日本海に沿って、海岸線と山肌の間のわずかな平地に、国道と、荒れ地、ときおり集落が現れる。鉄道の廃線跡も通っているはずだがバスの中からはよくわからない。礼受や舎熊といった地名は、鉄道があった時代の駅名だったはずである。


 「旧増毛駅」でバスを降りた。


 留萌本線の留萌ー増毛間は、大正10年に開通し、平成28年に廃止されたそうだ

*

 増毛という町について、そもそも知らなかったのだが、明治時代は南の小樽の方から海運によって開拓が進んだので、留萌よりも増毛のほうが先に開け、支庁も最初は増毛に置かれていたのだそうだ。


 「旧商家丸一本間家」を見学。明治時代に呉服商・鰊漁・海運業などを手がけた豪商の家だそうだ。──日本海側で本間という名の豪商というと、庄内の酒田の本間家が思い浮かぶけれど、関係はないらしい。


 障子の桟が凝ってるんだよなあ


 この柄入りのすりガラスも、こんなの初めて見た


 紙調琴だそうだ


 切子のボウル

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 「國稀酒造」。日本最北の酒蔵だそうだ。試飲もさせてもらえる。


 お土産に、おいしいのを小さなサイズで買いたいのです、と言うと、300mlの特別純米酒を勧められた。

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 さて、この日は、留萌に戻ってから、沿岸バス(株)の路線バスで北上して幌延に至り、鉄道で稚内に向かうつもりだった。この「オロロンライン」と呼ばれる日本海沿いの道をたどりたかったのだ。感心することに、今から増毛(旧増毛駅)14時50分のバスで留萌に戻っても、そこから4時間近く、140km以上も先の幌延までのバスが、今日中にまだ2本もある。留萌駅前から、15時45分または17時05分のバスに乗れば、幌延からは夜遅くの最終の特急列車があって稚内までたどり着くことができる。──できる、はずだった。


 増毛で食事をしながら、…何か変だな、と嫌な予感がして、改めてよく調べてみたら、自分の大失敗に気づいた。乗れると思っていた宗谷本線の最終列車、幌延22時53分の特急『サロベツ3号』は、実は毎日運転の列車ではなく、この日は運休。その1本前、つまり今日の幌延から稚内への最終列車は18時40分で、沿岸バスでは間に合わない。幌延から稚内までの50kmあまりにはJR宗谷本線以外の交通機関はない。ここから旭川に戻ってもやはり稚内への交通手段はない。当日中に公共交通機関稚内にたどり着くのは不可能なのだった。

 稚内に行くのを諦めた。増毛の海風に吹かれながら、当日の朝に予約を取っていた稚内のホテルに電話をかけた。大変申し訳ないが時刻表を見誤り最終の特急列車が今日は運休と知らず今から今日中に稚内に行く手段がないのでキャンセルさせてほしい、と謝ったところ、キャンセル料は請求書を送ります、とのことで、それでお願いします、と伝えた。

 この手の失敗をしたのは初めてであったから、わりとショックを受け、うーむ、と落ち込みながら留萌に戻った。なんとか旭川にホテルを見つけて、来た道をまた戻ることになった。


 留萌本線廃線跡。しかし、鉄橋が2本あるのはなんでだろう。どちらかが増毛への本線でどちらかが港湾の貨物線だろうか


 留萌は地図を見るとどうやらわりと大規模に築港された掘り込み港のようで、さらに切れ込んでいるこれは、寂れているけれどドックか、船溜まりだったのか

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 また留萌本線に。16時17分発の深川行き。これまた混んでいて、来たときの列車よりもさらに乗客は多いと見えた。もうすぐ廃線になる路線にこんなに人が乗っているとは思わなかったし、それに、乗っている人のうちほとんどは、鉄道ファンの旅行者には見えなかった。──交通手段というものは、それがあるからこそ往来が可能になる、人の動きが生まれる、という側面が必ずあるし、それをなくすということは人の動きをなくすことだと、ぼくは思うのだが。

 また深川で乗り換えて、旭川駅に帰りつき、ホテルに転がり込んだ。──実は、出がけに何かの役に立つかもと思ってワクチン接種証明をバッグに忍ばせて来ていたので、旅行支援もちゃっかり受けて3,000円分のクーポンを手に入れた。

 失敗ではあったけれど、あの時点で失敗に気づいたのはまだよかった。もっと遅く、留萌から幌延行きの沿岸バスに乗ってから気づいていたら、傷口を広げていた可能性がある──実はこの日はそれまでに、羽幌や天塩の旅館に電話をかけて断られる、という経験もしていた。早く気づいて軌道修正して、旭川のホテルも取れたのは、幸運だったと思う。──また買物公園通りの飲み屋で食事をしながら、翌日の行程を探る夜になった。

10/11(火)ADO87便で旭川へ

 羽田から夕方の便で旭川へ向かう。第2ターミナルの中でも、だいぶ歩いてからさらに階段を下りて、500番台のゲートにたどり着くと、そこは「バスラウンジ」という名の、天井の低い広間だった。沖にとめられた飛行機までバスに乗せられる搭乗口だ。地方空港への便が集められており、売店も閉まっている。最果ての待合室という感じで、羽田空港の中でもここに来たのは初めてだった。行き交う人たちの中で、なすすべもなく、所在なく空白の時間を過ごす。どことなく、移動するむなしさ、のようなものすら感じさせる。旭川行きのエア・ドゥ(ADO)87便は17時15分予定であった。


 こうやって地上から飛行機に乗るのは、本当に久しぶりだ、というかこれまでに記憶にない。飛行場を照らす金色の光が美しかった

*


 右手にずっと美しい満月を見ながら飛んで、19時過ぎに旭川空港に下りると、小雨模様で肌寒かった。市内行きの連絡バスに乗って、雨の夜を30分程度、旭川の駅前に下ろされた。すでに20時。この日は、駅の近くのビジネスホテルを予約してあった。

 この休みは道北の方面を適当にぶらぶら泊まりながら歩こうと思って、この日はとりあえず旭川に入ったけれど、明日からは予約のない旅だ。泊まるところに困ることはないだろうと甘く見ていたのだけれど…、投宿したホテルの部屋で、インターネットのホテル予約サイトをつらつら探してみたら、だんだん焦りが出てきた。──2022年10月11日、まさにこの日から“全国旅行支援”が始まったせいだと思うが、各地のホテルがのきなみ取れないのだ。まさか、インターネットに出してないだけで電話したら取れるんだろう、と思って電話をかけてみても、満室です、と言われる。それを何度か繰り返して、ついに、今回の旅行はまずいぞ、と思い至った。

 とりあえず食事をしに出た。旭川の駅前からまっすぐ伸びる「買物公園通り」という歩行者天国があり、そこにはいくらかの飲み屋が開いていた。


「買物公園通り」にたたずむ佐藤忠良彫刻。どことなくかなしげでもある

 明日からの旅程が決まらないことに唖然としながら、飲み、食事していたが、はっ、と思い出した。どこに泊まるどのような旅程であるにせよ、JR北海道の周遊切符である「HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス」を手に入れる必要がある。この切符は利用当日には購入できず、必ず前日までに買っておく必要があるのだ。──店を出て、小雨の降る旭川の駅前を走り、人気のない駅舎に駆け込んだ。窓口は当然のように営業時間を過ぎているし、指定席券売機はあるはずだがこれも時間によっては止められる。まだ動いている指定席券売機を見つけて、日付が変わる15分ほど前に、買うことができた。北海道まで旅行に来てバタバタ走っていて、この時点では明日もどこに泊まれるかわからず、幸先がよくない。


 旭川駅、駅舎も新しくて洒落ているし駅前にはイオンもあるが、深夜0時近くのこの時間になるともはや最終の特急列車が札幌から着くのを待つだけで、夜行列車も今はなく、誰一人歩いておらず森閑としていた。