night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

3/21(土)無料の列車でヴェルサイユに行こう

 土曜日の朝、相変わらずパリの空気は白っぽくて、見通しはきかなかった。霧なのかと思っていたが、そのわりには道路が湿っているような様子がないので、おかしいな、と訝りながら、この日はヴェルサイユ宮殿を見物しに行くことにしていた。

 パリの都心からヴェルサイユへはRERのC線が通じていて、ミュゼ・ドルセー(オルセー美術館)駅から乗ることができる。朝9時台、オルセー美術館の入場口に行列する観光客の群れを横目に、地下への階段を下りた。地下鉄の駅の入口で、自動券売機のタッチパネルを操作してヴェルサイユまで3.55ユーロの切符を買ったところで、赤いジャンパーを着た女性の係員が近づいてきた。いわく、「今日は電車は無料です。」「はっ?」

 どういうことなのかわからないが、祭日かなにかなのかな?と思った。
「パリも、イル・ド・フランス*1も、すべて無料なのか?」
「そのとおり。」
「では、この切符を払い戻していただきたい。」
「それはできません。」
「はっ?!」

 話の展開が想像もつかないものであったので、呆気に取られていると、彼女は「すみませんね」と恐縮しながら、「今日と明日は無料ですが、明後日になればその切符は使えますから!」とにこやかであった。まあそれならそうで、仕方がない。ナニソレ、と思うが、ここは外国である。

 そうですか、ありがとう、では、とC線の乗り場へ向かおうとすると、「C線は動いていません。」とのこと。「はっ?!」こんどは何か。

 ヴェルサイユに行きたいのであれば、…と彼女は、ここから地上に出てメトロ12号線の駅に行き、モンパルナスでN線に乗りなさい、と教えてくれた。言われた通りにする。委細がわからないというのはけっこうストレスである。東京で、事故で電車が止まったときに、日本語のわからない外国人は、こんなストレスを感じているのか、、、などと思いながら、地上へとって返した。

 南の方向へ少し歩いて、12号線のソルフェリーノ駅の入口の階段を下りる。ここでも、さっきパリ首都圏全体の電車が無料であると教わっていたにも関わらず、つい条件反射的に、自動券売機にお金を入れようとしてしまったが、後ろから通りかかったフランス人に、「エクスキューズミー、今日は無料だよ」と声をかけられて、はっと我に返ったりした。たしかに、改札のゲートは何も入れなくても開く。なんなんだろうね。


12号線のソルフェリーノ駅

 N線というのはモンパルナス駅始発の近郊電車、いわゆる「トランシリアン」だ。モンパルナス・ビアンヴニュー駅でメトロを降りて、通路を歩いていくと、頭端式のホームに列車が並んでいる地上駅があった。TGVもいる。

 案内表示のディスプレイを見ると、N線が10時20分、すぐに発車すると表示されていた。西洋人たちが、改札口の柵を乗り越えて(無料だからよいのだが)、列車に向かって走っていく。ぼくも彼らに混じって、列車のいちばん後ろのドアから飛び乗った。急がなくてもこの時間帯はN線は15分間隔で出ていたようだから、あまり危ないことをしちゃいけないけどね。──ゆっくりと動き出すN線の列車。今日は電車が無料だと言われたり動いてないと言われたりして、切符を持たないまま、なりゆきで郊外行きの列車に乗り込んでいる。外国旅行とは不安なものだなあ。

 改札口に近い最後尾付近の客車は満席だったが、どんどん先の方の客車に歩いていくとだいぶ空席があったので、ゆったりと座った。制度がわからないのでいちおう車両等級は気にしていたが、一等車はついていなくてオール二等車のようだ。

 列車は2階建て車両が6両だか7両ほど繋がっているが(空いている1階席に座った)、どうやらこれ、先頭に電気機関車がいる、客車列車である。15分おきの近郊線が客車列車だというところでまず驚く。すれ違う対向列車は、前面が凹んだ面白い形の電気機関車が最後尾についていて、推進運転をしている。これもまたびっくりであった(推進運転とは言いつつ、先頭客車には運転台がついているようだった。それもそれで驚く)。

 あとでわかったことだったが(日本語で検索してこういうリアルタイム情報を手に入れられるツイッターってすばらしい)、この日、パリ市は、「世界最悪レヴェル」という激しい大気汚染のため、土曜・日曜にわたって市内の自動車の乗り入れを制限し、バス、メトロ、トラム、トランシリアンなどのすべての公共交通を無料にするという施策に打って出た、ということであった。──なるほど、この空気の悪さ、空の白さは、大気汚染のせいだったのか…。たしかに、何か変だ、と思っていたのだけど、そこまでとは…。*2

*

 30分ほどで、ヴェルサイユ・シャンティエ(Versailles-Chantiers)駅に着いた。観光客たちが大勢下りた。 駅からどっちに行くと宮殿があるのかはよくわからないが、人の流れについていくと、…前方に広大な門が見えてきた。あれか…!!


 太陽王ルイ14世銅像がそびえ立つ。

 ここでもミュージアム・パスが役に立ち、並ばずに入れた。


 有名な、鏡の回廊。


 国王夫妻がここで食事をしたそうです。


 七月王政期のルイ・フィリップ王が造らせたというギャラリー。古代のフランクの族長の戦いから、ナポレオンの戦争、アメリカ独立戦争ラファイエット将軍の姿など、もちろんジャンヌ・ダルクの絵もある。ルイ・フィリップは宮殿を開放して、このようなフランスの歴史上の数々の戦いの場面を描いた絵画を並べた博物館としたのだそうだ。国民国家としてのフランス人の意識の向上を狙ったのでしょうね。七月王政は、革命とナポレオン戦争後に王政復古した反動的な時代、だという評価が主流だと思うけれど、ルイ・フィリップという王様自体は、ちょっと興味深い人だったのではないか、と思った。

*


 それにしても暗い気候だ。庭園の噴水は止められており、像には覆いがかけられている。寒い。完全にオフシーズンなのだなあ…。ヨーロッパにこの季節に来るもんじゃないなあ。

 庭園の、林の中にあるカフェで、チキン・サンドウィッチとコーヒー(8.80ユーロ)の昼食をすませてから、庭園を歩いてみることにした。

 トリアノン宮殿はどっちでしょう


 グラン・カナル(大運河)


 バラ色の大理石が華やかな、トリアノン宮殿(グラン・トリアノン)。


 プティ・トリアノン


 おトイレですって…

 広い敷地をさまよい歩き、マリー・アントワネットの「村」にたどり着く。マリー・アントワネットが、ヴェルサイユ宮殿のなかに、農家を建てさせ、家畜を飼わせ、「田舎暮らし」を楽しんだ、という場所である。

 水車小屋があり、牛やうさぎ、鶏などが飼われていた。──なんという虚構だろう。でも、ヴェルサイユ宮殿の中で、王と王妃が家臣や見物人の前で食事をした食卓、なんていうものを見たあとでは、虚構もまた別の虚構の裏返しだったのかもしれない、などと思ってしまったりした。そして、そんなものが今でも残されていて観光地になっているというのも、不思議なものである。

*

 歩き回ってだいぶ疲れた。ヴェルサイユ宮殿を出て、来た道を戻る。


ヴェルサイユの町。ただの郊外の町だ

 途中、ケバブ・サンドのファストフードチェーン店のようなものがあったので入り、メニューを見上げて、ミックスサンドらしきものが“Mixte”と書いてあったので、なんと読むのだか…「みくすて。」と読んだら、「みくす?」と聞き返された。フランス語は読めない!(笑)


 出てきたものがこれ。野菜の彩りが鮮やかだったメニュー写真とは、だいぶ違うな、おい(笑) 缶のコーラ(330ml)と合わせて、7.50ユーロ。店内は中年の男女数人が談笑しながら食事している。テレビはサッカー中継が終わって、フランス語吹き替えの『glee』が始まったりしていた。


 ヴェルサイユ・シャンティエ駅。


 ただの郊外の電車の駅なのだが、このアールデコぶりである。


 現地ではまったくわからなかったが、これ、21日土曜日と22日日曜日はC線は動かないから、N線かアンヴァリッド〜ベルビュー間の代替バスを使え、と言っているようだ*3。でも、どうして運転しないのか、は、書いてないんだなあ。

 ヴェルサイユ・シャンティエ駅から、来たときと同じトランシリアンのN線で、パリ・モンパルナス駅に着いた。


 TGVもいる。ターミナル駅の雰囲気って好きだなあ。

*1:郊外を含むパリ首都圏。

*2:金曜日の夜、コンコルド広場から凱旋門が見通せなかったときは、そんなものか?と思ったが、この規制が行われていた土曜日には、しっかりと見えた。だが、そもそも週末は交通量は少ないだろう、とも思うので、この政策の効果のほどはよくわからない。フランスという国に対してぼくらが持つイメージとして、「大気汚染」というキーワードは、連想しにくいものであろう。帰国してから、「パリは大気汚染がひどかった」という話をすると、一様に驚かれたのであった。しかし、それならそれで、メトロの駅の券売機を止めとけよ、なんで切符が買えるようになっちゃってるんだよ、と思う。詰めが甘いと言うか、RATP(パリ交通公団)にとっては一方的に無料にされて迷惑な話なのだろうか…。結局、このとき、土曜・日曜だけの予定だった公共交通機関無料施策は、月曜日まで延長され、ぼくは月曜日が帰国便に乗る日であったため、この日買ったメトロの切符は、使わずに残ることになった。

*3:このヴェルサイユ・シャンティエ駅は、N線とC線が両方とも乗り入れる駅である。ぼくはこのとき、C線はヴェルサイユ・シャトー・リヴ・ゴーシュ駅にしか来ないものだと思っていたが、C線は分岐が多くてかなり複雑で、ここを通る運転系統もあるらしい。