night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

南京の陵墓の森で

引き続き曇天の日の夕方、南京にある明孝陵に来ていた。ここは世界遺産で、明の太祖・朱元璋とその妻の墓であるが、広大な敷地に門や堂が巡らされ、城壁の上に楼閣がそびえ立っており、まるで城である。しかしそれは葬祭のための場所にすぎず、実は、背後の薄暗い山の地下に、宮殿があり、皇帝はそこに眠っているのだそうだ。気が遠くなるような話である。

大声でやかましい中国人観光客の団体をやり過ごしてから歩み入ると、霧の中でキツツキが木を打つ音が聞こえ、風が木の葉を揺らした。

楼閣に上がると、中には土産物屋があった。中国の観光地にありがちな、印章をその場で彫る様子などを、買う気もなく眺めていたら、「檀香梳」が並んでいるのに目が止まった。白檀の櫛? 値札はたった30元、本当に白檀なのかどうか。絵柄が彫り込まれているが、手彫りの工芸品などではなく、明らかに工業製品であるし、それほど繊細なつくりでもない。

ガラスケースを覗き込んでいると、服務員のおばさんがいくつか出してくれた。白檀ですよ、この絵柄は梅の花です、云々。

そこで、ふと、母親の顔が浮かんだ。日頃はいろいろあれど、旅先では仏心が出るものである。──じゃあこれをひとつ、と財布を出すと、おばさんが、刻名しますか、と問う。無料で名前を入れます、という意味のことが横のほうに書いてあった。

「私は日本人で、母親に買うのだけれど、日本の文字を刻名できますか?」

たどたどしく中国語で訊ねると、おばさんは少し困ってから、不好意思、とすまなそうに微笑んだ。あなたのお母さんに? はい。──「真好。」

包んでくれた櫛をかばんに入れて、楼閣から降りた。石橋を歩きながら城壁を振り返ると、風がざわりと木々を吹き動かし、澎湃と雨が降り始めた。