近年、台湾南部の嘉義に故宮博物院の分館ができたと聞いていたので、高鐵に乗って出かけることにした。
台北車站、高鐵の自動券売機。
台湾高鐡(高速鉄道)に乗るのは初めてだ。台北車站は在来線と並んだ地下ホームで、比較的狭い。だがこの狭さが、日本の地下の鉄道駅に通じる雰囲気があって、なんとなく親近感を感じる。
あ、来ちゃった。乗った列車は9時46分発。始発は台北の隣の南港であり、台北駅は途中駅なので、あわただしく乗り込む。
車両は、東海道新幹線がベースになった車両が走っていることで知られているが、たしかに、色合いが違うだけで、紛うことなき700系だね。
平野の風景は日本によく似ているが、台中の手前で、ものすごく広い河原と三重になった河岸段丘を擁した大河が現れて驚いたりもして、地形は日本よりも大味だ。──嘉義までは245kmあるが、1時間半で着いてしまった。
高鐵嘉義車站。ホームに降りると、蒸し暑い。ここは北回帰線よりも南、熱帯モンスーン気候の土地である。
高鐵の駅はどこも既存の都市からは遠く離れたところにできており、ここ嘉義車站も、平原の真ん中のようなところに忽然と現れた真新しい駅である。市内まではBRTが通っていて、高鐵の乗車券を持っていると無料で乗れるそうだが、「故宮」と掲示した105番という路線バスがいたので、それに乗ってしまった。バスはもちろん冷房が入っている。サトウキビ畑の中に広大な道路がまっすぐ引かれていて、ものの10分くらいで、整備された公園のようなところに入り、その一角のバス停留所に下ろされた。
なんだここは
すごいなあ、これは。──なんとなく理解した。南部の振興を目的とした、巨大な箱ものなのだね。橋を渡って博物館に入り、カウンターで、一張票、と言うと、無料ですと言われて、“免費参観券”を交付された。*1
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玉器のコレクションがすばらしかった。清朝の宮廷にはユーラシア各地から宝物が集まっていたのだ。
嘉慶22年にカシュガルから献上されたというインド製の玉器
これもインド製で、“乾隆御用”と彫り込まれているという
ムガル帝国時代のインドのもの
中央アジアから東欧のどこかのものだという
インドから渡来した玉の皿に、惜しげもなく文字を彫り込んでいる。こんな作業をやらされる工芸師の緊張感たるや、想像したくないな、などと思った。
オスマン帝国のものだって!
雍正年間の瑪瑙の茶杯。
嘉慶年間の翠玉の茶碗。
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ここは大阪市立東洋陶磁美術館と協力関係にあって、伊万里焼のコレクションを展示している。
昨年、ここ故宮博物院南部院区で、大阪市立東洋陶磁美術館から借り受けていた江戸時代の古伊万里、「染付柳鳥文皿」が、展示ケースの中で破損した、というニュースがあった。調査の結果、故宮博物院側の管理状態には問題がなく、自重によって自然に破損したものと結論づけられた…ということまでは当時の報道で知っていたけれど、それがその後どうなったのかは知らなかった。──なんと、その古伊万里は、日本側と協力して修復され、そしてここでは、専用の一室を用意してそれを展示し、その部屋には館員が一人立ち、修復に至る経緯を映像で流す、という、明らかに特別扱いをしていた。
見事に金継ぎされている。──ものには寿命がある、という当時の大阪のスタッフの言葉には、うなづけるし(それが日本的な考え方なのかどうかは、ぼくにはわからないけれど)、金継ぎという修復手法の紹介にもなっているし、なにより、故宮博物院が講じているこの特別扱いには、むしろ、頭が下がる思いがした。
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その他、乾隆帝の時代の文物の特集展示や…、
中国は歴史的に仏教が衰退した国なので、仏教文化の遺物はあまり厚くないのだけど、これは美しい。メモし忘れたけど、唐朝のものだと書いてあったかと思う
台湾の原住民の衣装の展示など。
アミ族の装束。黒い人形のようなモチーフが連続している
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“故宮南院”、真新しい施設で、ほとんど人がいないのも相まって、静かで、とてもよかった。展示の物量に対して施設の規模が過大ではないかとも思えるが、近々、台北の故宮博物院が修復工事に入るため、展示物が南院に移る、というニュースもある。そういうことのための施設でもあると考えれば、これだけの規模でも、足りないくらいだろう。そのときには高鐵嘉義車站との間のバスも増えたりするのだろうか。
レストランで牛肉麺を食べて食事していたら、盛大な演奏が聞こえてきたので何かと思ったら、ロビーで、中学生のブラスバンドが演奏している。制服に「水上國中」と書いてあるので、近在の国民中学の吹奏楽部らしかった。
また路線バスに乗って、高鐵嘉義車站に戻ることにした。故宮博物院南部院区のバス停には、いくつかの路線が表示されているが、どのバスが何時に来るのか、見比べるのは、正直、よくわからない。他にバスを待つ人もいない。来たバスにとりあえず「カオティエチョーチャン(高鐵車站)?」と訊くのを繰り返し、3台目でうなづかれたので、それに乗った。