night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

2/3(土)~2/4(日)永平寺


 永平寺に向かう。福井からは、えちぜん鉄道という鉄道が伸びていて、それの永平寺口駅から路線バスになる。養浩館庭園からぶらぶら歩いて、JRの北陸本線と並行した高架橋の上に、えちぜん鉄道の新福井駅というのがあるので、そこから乗った。無人駅だが、乗り込むと、女性の車掌さん(アテンダントさん)が、にこやかに車内補充券を売りに来る。いまどき珍しい感じだと思う。永平寺口まで460円だった。


 この「えちぜん鉄道」、昔は京福電鉄という私鉄の路線だったが、赤字ローカル線になって大事故を連続して起こし、一度廃止され、第三セクターとして復活した、という歴史を持つ。京福電鉄時代は昔は永平寺口から永平寺までの支線が伸びていて、ぼくはその時代に来たことがあるはずだが、そのころはすでに支線はバス代行になっていたと思う。



 永平寺口駅。ここは京福電鉄時代は「東古市」という駅名だったはずだ

 ここの駅前から路線バスに乗る。北の、芦原温泉駅から来たバスのようだ。乗客は少なく、永平寺まで430円。福井市内からの直通バスの方が安いはずで、永平寺への交通機関としては完全に裏道という感じである。

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 永平寺に参拝した。


 永平寺は曹洞宗の大本山だが、日本にある一般的な寺とはだいぶ違うところのようで、例えばここには檀家というものがないのだそうだ。若い僧がここに入って修行生活を送り、卒業して出て行く、という、道場であって、そういう意味では、ここは修道院というか、学校に近いのだろう。


 傘松閣というのは客間のようなところらしい。大広間の天井画は昭和5年のもので、川合玉堂や伊東深水など144人もの日本画家による花鳥風月画である


 伽藍は斜面に建っていて、回廊が階段になっている。



 波板プラで囲われているのは雪囲いなのだろうが、


 こういうののほうが伝統的なやり方なのだろうなあ


「誦経宜中音㝡禁高聲勵聲」
“経を誦むは中音を宜しうし、高声・励声を最も禁ず” という読み下しで合っているだろうか

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 永平寺には宿坊というものがなく、泊まるには永平寺が経営の、このホテルになる。運営は藤田観光だそうだ

親禅の宿 柏樹關

 座禅体験に参加した。座禅体験自体は永平寺で毎日やっていて、そこに宿泊者グループも参加する形のようだ。──いわゆる結跏趺坐という座り方はどうしてもできないので、半跏趺坐にしておく。説明を受けた後に、三十分ほど、と言われて、座禅の時間が始まるのだけど、…座っているうちに、終わりの声がかかった。いつの間に? という感じだった。

 座禅というのは、それ自体は、何かを得るためにやるものではなく、ひたすら座って、仏と同じ姿になる、ということなのだそうだ。なるほどね。心を落ち着けるためにやるとか、それをやればいいことがあるとか、そういう目的でやることではないということなのね。

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 永平寺の参拝は16時半までであり、その時間が過ぎると、門前の町には人通りというものがまったく途絶え、開いている店の一軒もなくなる。──フロントに、お店とか全然開いてないんですね、ビールでも飲もうと思ったんですが、と言ったら、缶ビールを売ってくれた。宿坊ではなくホテルだからこそ、お酒も飲めるわけではある。

 夕食は精進料理のコースだった。献立はこちら



 ぼくは料理のことはわからないけれど、豆と野菜と昆布出汁だけでよくここまで…。しかし、材料がそれじゃ、そりゃ昔の人は栄養不良になるよな、とは思った。──精進料理とは言ってもお酒も飲めてしまう、ホテルなので。福井のお酒、「一本義」をいただいた。

 浴場は香油のかおりがただよっていた。いわゆる抹香のかおりである。なるほど、昔は入浴習慣などもいまとはまったく違っただろうから、香りというのは今とは違う意味があったのだろうな、と思う。

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 本来なら、宿泊者は、朝課、つまり朝のおつとめに参加できるのだが、2月のこの時期は朝課には参加できないのだそうだ。それを期待してここに来たのだが、大変残念である。だが、4時集合で、法話と堂内の案内を受けた。


 朝食の献立はこちら。朝食におかゆっていうのは、いいよね。──朝風呂にも入って、堪能した。


 「龍門」こと永平寺の正門をあとにした。