night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

10/13(木)羊をめぐる冒険


朝の旭川駅

 9時00分の特急『宗谷』、稚内行きに乗って北に向かい、塩狩峠を越える。車窓には針葉樹の森が広がっていて、枯れかかった葉や実が垂れ下がっている。何本もの腕を広げて襲い掛かってくるように見えて不気味だ。──昔読んだ本で、トドマツとエゾマツの見分け方として、枝が上を向いているのが「天までトドけ」のトドマツ、枝が下を向いているのが「天までとどかんでもエーぞ」のエゾマツ、だと覚えていた。このときは枝が上に向いているように見えたのでトドマツだと思っていたのだが、葉や実が下に向いてついているのは、やはりエゾマツだったのだろうか。


 10時15分の美深(びふか)で下りた。


 美深駅。「SUBARU美深会はスバルを応援しています」という横断幕がかかっている。知らなかったが、美深にはスバルの試験場があるのだそうだ

 ここから東に20kmあまり先の仁宇布(にうぷ)というところまで、昭和60年までは美幸線というローカル線が通じていたところに、今では1日5本のデマンドバスが走っている。デマンドバスというのは電話して予約しないと、客がいなければ走らないというタイプの「バス」である。美深町のウェブサイトに書いてある電和番号は名士バスというバス会社のもので、電話をかけると、どこで降りるのか、と問われる。終点は「仁宇布待合所」のはずだが、終点という概念があまりないらしく、トロッコに乗るのか、としきりに訊かれた。仁宇布では美幸線の廃線跡を利用したトロッコ乗車体験ができるらしいことは知っていたものの、それに乗ろうと思っていたわけでもない。

北海道美深町|仁宇布線デマンドバスについて

(2022年10月現在)


 美深の市街地。国道40号線沿いをぶらぶら歩いてセブンイレブンまで行って帰ってきたが、後から知ったがそこは日本最北のセブンイレブンだったらしい。

 11時10分のデマンドバスは、灰色のワゴン車にぼく1人を乗せて、20分ほどで「仁宇布待合所」に着いた。運賃は550円だった。帰りは16時22分というのが最終便なのでそれに乗りますと伝えていたが、その1本前の14時50分の便でも上がってくる(美深から仁宇布までこの車が来る、という意味だろう)ので、早く帰りたかったら…、と言われる。こちらも正直なところここで何をしたいのか定かでなく来ているので、はい、と曖昧な答え方をした。


 仁宇布の市街地。市街地…? 簡易郵便局と小中学校はあるけれど、過去に鉄道が通っていたことがあるとは信じられないようなところだ。青い道路標識が指している地名は、ここから山を越えた、オホーツク海側の町々だ。


 歩く。


 羊を探しに来たのだ。


 羊はいたので、満足して戻った

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 「トロッコ王国美深」に行って、食堂でカレーを食べた。


 ここは美幸線の仁宇布駅の跡地だそうだ。後ろにあるのはトロッコの車庫だが、手前の木造の建物が昔の駅舎かな、と思ったがそうではないらしい。


 なぜか、583系寝台電車がぼろぼろの姿で置いてあった。北海道を走ったことなどないはずだけど。

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 トロッコに乗りたいとはあまり思っていなかったのだけど、ちょうど中学生くらいの団体がバスで乗りつけて、何人かずつトロッコに分乗してきゃーきゃー言いながら出発しているのを見ていたら、乗ろうかな、と思えてきた。


 トロッコの乗車体験は1時間に1回だそうだ。中学生団体が帰って行った次の回は、ぼくの他にもう1組しかおらず、ひっそりとしていた。


 トロッコとはこういうもの。

 片道5kmを往復して戻ってくるものだそうだ。単線のはずなので、折り返し地点がどうなっているのだろう?と思う。トロッコと言うと足漕ぎか何かなのかと思っていたが、エンジンがついているもので、ノッチ(?)を入れるとグイッと加速する。ブレーキハンドルもある。が、まあそれだけで、変速とかはしなくていい。ものの本などには、一応、普通自動車免許が必要と書かれているが、とくに訊かれなかった。また、一般道との交差が何か所かあり、鉄道の時代ならそこは踏切であって鉄道が優先なのだが今ではそうはいかず、必ず一時停止するように、とのこと。


 走り出してみると、これは面白い。ゴロゴロと白樺の林の中を走って行く。川を渡る。道路が現れて、一時停止…


 折り返し地点は、ループ線になっていた。先ほど説明してくれた職員の人が自動車でここまで先回りして待ち構えていて、この回のトロッコがすべて(とは言っても2台だったが)ループ内に入ると、ポイントを切り替えて、いま来た線路を戻って行くことになる。


 最高速度でぶっ飛ばしたら片道15分程度、往復しても30分で帰ってきてしまうだろうが、それでは面白くないだろう。だが、ゆっくり走って後ろが詰まったりすると面倒そうなので、他の客が少ない方が気楽かもしれない。──40分たっぷりかけて、出発地点まで戻ってきた。大変面白かった。

トロッコ王国美深

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 公園の植木。雪囲いの一種なのだろうが、こういうのは初めて見た

 日が暮れて、山あいの集落はぐっと肌寒くなってきた。16時22分の「デマンドバス」は、来たときと同じ運転士だった。

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 例の「デマンドバス」、美深駅前を発着するわりには、宗谷本線のどの列車にも特に接続しない時刻になっていて不便である。だが、そのおかげで、食事をする時間があるとも言える。


 国道40号を少し北に歩いたところにあるレストランで、うまいクラフトビールを飲んで落ち着いた。独特の香りのあるビールで、白樺の樹液が入っているということだった。買って帰りたかったが、その銘柄は販売していないとのこと。


 もはや真っ暗になってしまった美深駅から、18時33分の普通列車名寄行きで戻る。


 1日に下り稚内方面が7本、上り名寄・旭川方面が8本。しかもそのうち1往復は、昨日見たとおり、運休している。宗谷本線、もはや限界と見える。

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 今日はこのまま札幌まで行ってしまうことにしていた。全国旅行支援による(と思われる)宿泊施設不足の中で、道北を無計画にうろつく意気をなくし、確実に泊まれる札幌に行くことにしたのである。──この、美深18時33分の普通列車で、名寄まで行くと、旭川行きの普通列車に接続して、20時51分に旭川に着く。旭川では21時17分の特急『オホーツク4号』に乗ると、札幌に22時53分に着く、という乗り継ぎになる。

 時間がかかるな、札幌まで4時間20分もか、と思いながら時刻表を眺めていたら、美深を20時11分に出る特急『宗谷』に乗ると、札幌の到着時刻は22時57分なのだ。1時間40分も遅く出るのに、札幌に着くのは4分しか違わない。どういうことだこれは。──特急の自由席乗り放題の切符を使っているので、それで行ってもよかったのだけど、夜の美深の町では時間を持て余すだろう、寒いし、と思って、おとなしく普通列車に乗ることにした。


 高校の軽音楽部に全国大会ってあるんだ


 真っ暗なホームに、名寄行きの普通列車が来た。


 これまた1両のディーゼルカー。これはキハ54系という車両で、国鉄分割民営化の直前に製造された車両のはずだ。車内は、何かの特急列車の廃車発生品らしい、リクライニングの座席が取り付けられていた。


 名寄からは新型のディーゼルカー、H100形というやつ

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 再び旭川駅。特急『オホーツク4号』札幌行きを待ち受けた。


 なぜこんなに窓が白く濁っているのだろう

 もはや古豪と言える北海道のディーゼル特急、キハ183系だ。もうすぐ全廃になると聞く。網走からすでに4時間近く走ってきている『オホーツク4号』の車内は、どことなく空気が濁っていて、でもそういうのも含めて、昔の長距離列車の雰囲気。ちょっと懐かしくなった。──いまにも壊れそうなオルゴールのジングルが流れて、終着、札幌の到着が告げられた。


 ハイデッカーグリーン車とか誇らしげでいいよね

 この古き北海道の特急列車、ぼくは高校時代に初めて渡道したときから何度か乗ったはずだ(とは言え直近で記憶があるのは20年前の函館本線の特急『北斗』である)が、ぼくが乗るのはたぶんこれが最後だろう。

 札幌では駅に近いビジネスホテルに投宿した。