京浜急行で金沢八景にやって来た。──あれ、こんな駅だったっけ?
シーサイドラインの駅が京急の駅に近づく工事が終わったようで、もっと狭かった記憶のある京急の駅前が、きれいに整備されていた。
だが、海が切れ込んだ地形は変わらない。琵琶島神社という小島が、海に突き出している。
新しいマンションの下にこういうものがあるのが、独特の風土だなあと思う。
駅前の国道16号線沿いに、瀬戸神社という神社がある。珍しいあじさいが咲いている
しかしこの神社、背後の崖におどろおどろしい穴が。いわゆる“やぐら”だ。岩に掘られた横穴で、中世にさかんに作られたらしく、鎌倉は、地形的に山が迫った土地のせいか、あちこちにある。金沢や六浦は、中世の鎌倉の外港だったという。
この平潟湾が繁華な港だった中世の風景を想像しながら、路線バスに乗った。
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路線バスで、大道中学校という停留所で下りて少し歩くと、朝夷奈切通の入口がある。京浜急行バスで来たが、時間が合えば、大船行きの神奈中バスの朝比奈バス停のほうが近かったようだ。車道はこの先、横浜横須賀道路を越えて、鎌倉の市内に向かう峠越えにかかる。
朝夷奈(あさいな)切通は、中世の古道で、鎌倉の府内と六浦の港を結ぶ道だったということだ。だが、台風で倒木のため通行止め、という看板が出ていた。──昨年の台風以来、鎌倉は、天園ハイキングコースも通行止めのままだし、観光客のために使う予算はないのだろう。
だが、古道の雰囲気は色濃く残っている。
川のように水が流れる、足場の相当悪い山道になっていた。ぬかるみに踏み込んで服が泥まみれになったりも。
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古道が下りてくるのが、鎌倉の十二所(じゅうにそ)というところ。──杉本寺の近くで、鎌倉駅からこのあたりまで歩いてくるとだいぶ奥に来た感じがするが、そのへんに出たことになる。コンビニで休憩してから、金沢街道をさらに歩く。谷底に押し込められたようなところを通る県道で、歩道も狭くて歩きにくく、金沢街道以外の道もほぼないので、徒歩の散策に向いた土地ではない。
明王院。四代将軍藤原頼経が建立したという寺院だ。こじんまりとしているが量感のある、かやぶきの堂があったが、境内は撮影禁止。
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なんというか、「ぼってり」という形容をしたくなる、押し出しの強い本堂だ。足利氏ゆかりの寺のようで、二つ引両の紋が見える。
さらに丘の上まで歩いて行くと、あじさいの散策路が美しい。
足利直義の墓だそうだ。まったく知らずに来たのでとても驚いた。足利直義は観応の擾乱の末に、鎌倉の延福寺に幽閉されて死ぬことになるのだが、延福寺というのがこの浄妙寺の塔頭で、この場所にあったということだ。
浄妙寺にはほかにも、足利貞氏(足利尊氏の父)の墓もあって、まさに『太平記』の世界だ、と感心してしまった。鎌倉はもっと予習して来ないといけないなあ、などと思う。──このお寺には石窯ガーデンテラスという洋風のレストランもあるようだ。また、喜泉庵という有料の茶室から枯山水庭園が見られるようだが、残念ながら時間が遅くて入れなかった。また今度改めて来よう。