追手門からお城を出る。近くには弘前市庁があるが、これまた前川國男の建築である。弘前には前川國男の建築がほかにもいくつかあるらしく、先ほどの市立博物館の隣にあった、コンクリート打ちっぱなしの市民会館もそうだった。
弘前市庁の近くには、明治の洋館が二つ、保存されている。──まず、旧東奥義塾外人教師館。1階はカフェになっているが、2階の見学は無料。
東奥義塾は米国からメソジスト派の人たちを招聘していたので、その住居も米国様式であり、どことなく赤毛のアンとかっぽさを醸し出している気がする。
旧弘前市立図書館。小さいけれど堂々とした尖塔を持つ洋館で、明治39年に民間資本で建てられたものだという。
藤田記念庭園。岩木山を借景にした、品の良いお庭だが、洋館との取り合わせが独特だ。
洋館は“大正浪漫喫茶室”だそう。
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20分ほど歩き、禅林街までやって来た。町はずれに仏教寺院が固められた通りで、古い城下町にはそういう一角がときどきあるが、ここは曹洞宗の寺院ばかり、33ケ寺もあるそうだ。
ここに来たのは、地図を眺めていて、「栄螺堂」の文字が目に入ったため。
さざえ堂というと会津若松のものが有名だが、弘前にもあるのか、と思って来てみたのだけれど、ここのさざえ堂は中には入れなかった。
禅林街の通りの奥にある、長勝寺。
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路線バスに乗って弘前駅前まで戻ってきた。時刻は13時半頃。駆け足だったけれど、弘前は、どことなく高雅な雰囲気で、歩いていて気持ちの良い町だった。
さて、この日は、このあと盛岡まで行って宿泊し、翌土曜日は岩手の親戚に会いに行く予定だった。だが、巨大な台風15号というのが関東から東北にかけて直撃することになっているのが問題だった。土曜日から日曜日にかけて鉄道の運休などが予告され始めている。もともと、台風が来るのは日曜日から月曜日にかけてではないかと予想していて、土曜日中は大丈夫だろう…と思って旅程を計画していたのだが、そういう状況ではないようだった。前日まで、日本海側を旅行しながら、どうしたものかと考えていたが、この日に至って、旅程を切り上げて早めに東京に戻ることに決めた。実は日曜日のホテルも押さえてあったので、土・日を切り抜けられたとしても、万一、東北新幹線がどうにかなってしまって東京に戻れなくなると、困ってしまう。
弘前駅のみどりの窓口には行列ができていた。同じように旅程を変える人たちや、今日中に移動してしまおうという人が多いのだろう。指定席券売機で、東北新幹線の上りの『はやぶさ』の指定席を見てみると、軒並み「×」になっていたが、…グランクラスが取れる。迷ったけれど、とりあえず新青森から東京までのグランクラスを押さえた。
しかし、グランクラスに、そういう緊急避難みたいなかたちで乗るのは、どうにも寝覚めが悪い。あれはなんというか、旅行を計画して、もっとわくわくした気持ちで買いたいものだ。もちろん、値段もだいぶ高いし…。あきらめきれず、ドトールコーヒーショップで休憩しながら、『えきねっと』をスマートフォンで見ていると、やはり座席は動いているようで、同じ列車の普通車指定席が取れるタイミングがあったので、取ってしまった。しかも通路側の席。──券売機で発券して、みどりの窓口に並びなおし、先ほど買ったグランクラスの特急券を払い戻した。
満を持して、弘前駅14時47分の特急『つがる3号』に乗って、新青森まで約30分。
新青森駅。2011年の7月以来だ。ここから16時10分の東北新幹線『はやぶさ62号』で帰京した。始発の新青森から上野まで、3時間16分。弁当を食べてビールを飲んで、少しうとうとしていると、あっという間に着いた。速いものだ。──台風で旅程の変更を余儀なくされたのは残念だが、この金曜日は東海道新幹線などでは大混乱になっていたそうだし、適度に座って帰って来られたのは幸いだった。