■ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」
今年のLFJは、東京国際フォーラムに加えて池袋でも公演があるようですが、ぼくは変わらず、日比谷に通いました。──まずは5月3日、休日なのに早起きして日比谷へ。この日は前夜から早朝までかなりの荒天でしたが、都合よく晴れてくれました。
9時45分からG409というガラス棟の上の方にある会議室で、酒井茜さんのピアノです。バルトークのピアノ曲、『ルーマニア民俗舞曲』はともかく、『組曲』作品14なんかは、硬質でゴツゴツした音楽で、休日の朝一から聴くのはちょっとつらかったかな…。──座席はなんと最前列で、ピアニストの息遣いが聞こえる、臨場感という意味では満点の座席。さすがに近すぎてちょっと耳に痛かったものの、近いからこその音楽のパワーを直截に受ける場でした。
公演No.M161 5/3(木) G409“デスノス” 9:45-10:30ヴァインベルクというポーランドの作曲家の曲は、ゆったりした夢と厳しい寒さを行きつ戻りつするような、不思議な曲でした。ちょうど酒井茜さんのYouTubeチャンネルでこの曲の演奏がありますね。
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
・バルトーク:組曲 op.14
・ヴァインベルク:子どもの雑記帳第1集 op.16
・クライスラー(ラフマニノフ編):愛の悲しみ
・ラフマニノフ:前奏曲op.32から 第11番 ロ長調、第12番 嬰ト短調
・ラフマニノフ:前奏曲op.23 第5番 ト短調
酒井茜(pf.)
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5月4日はこちら。
公演No.M242 5/4(金) ホールC“ナボコフ” 11:15-12:152台ピアノの後ろに打楽器が並ぶステージ。バルトークの2台ピアノ・打楽器ソナタ、面白い曲…だったんだけど、いかんせん、ピアノが聞こえにくいんだよね…。もうちょっとなんとかならなかったのか、という気がしました。後半の『交響的舞曲』も、無理してパーカッションを入れた意味が見えず。2台ピアノ版+オーケストラ版の打楽器をそのまま、という感じだったようですが。──ピアノの二人は余裕の演奏で、とくにラフマニノフの1楽章で、2台が交互に奏でるフレーズ、あれが、まるで、闇の中で鳥たちが呼び合っているように聞こえて、ぐっと来たのですけど。さすが、ラフマニノフはエモいぜ。(?)
・バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ
・ラフマニノフ:交響的舞曲 op.45(2台ピアノと打楽器版)
ボリス・ベレゾフスキー(pf.)/アレクサンドル・ギンジン(pf.)/安江佐和子(percussions)/藤本隆文(percussions)
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最終日の5月5日は、午後遅めから出かけて、ホールAを3本聴くという、ちょっとやけくそ的(?)なチョイスをしました。
公演No.M314 5/5(土) ホールA“トーマス・マン” 16:15-17:15M314は、LFJですっかりおなじみになったリス氏ひきいるウラル・フィル。リス氏、黒のジャケットの下のシャツと、ポケットチーフと、靴ひも(!)を緑でそろえていて、おしゃれです(リス氏、このあとのM316では緑じゃなくて青に見えたのですが、照明の具合なのか、ちゃんと変えているのか、どうなんでしょうね)。演奏は、速いテンポのオーケストラでねじ伏せる感じで、ちょっとばかり荒かろうが出トチろうがそんなのはどうでもいいんだよ、といった感じ。プロコフィエフのピアノコンチェルトは、精緻なピアノソロが繰り広げられていて、すごいのでしょうが、いかんせん、ホールAでは…。アンコールに弾いてくれたスクリャービンの『悲愴』、よかったですね。
・チャイコフスキー:イタリア奇想曲 op.45
・プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26
・スクリャービン:エチュード op.8 No.12 嬰ニ短調「悲愴」(コロペイニコフのアンコール)
アンドレイ・コロペイニコフ(pf.)/ウラル・フィルハーモニー管弦楽団/ドミトリー・リス(cond.)
いったん国フォを出てカフェで休憩した後、M315で『シェエラザード』を聴きました。
公演No.M315 5/5(土) ホールA“トーマス・マン” 18:30-19:15こちらも、オーケストラは荒かったんだけど(なんかそんな感想ばかり書いてるなあ)、最後は否応なく感動してしまう、作品の持つ力、というか…。最後、指揮者が客席の拍手に向かって、スコアの表紙を掲げていましたが、あれは、作品に拍手を、の意味だとぼくは思いました。あ、コンサートマスターは非常にうまかったです。クルージュの楽員のみなさん、これがLFJ東京の最後のステージだったのかな? 演奏終わって、舞台上で握手し合っていましたね。
・リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』op.35
クルージュ・トランシルヴァニア・フィルハーモニー管弦楽団/カスパル・ゼンダー(cond.)
最終日のこの時間になるとだんだん撤収モードです。中庭でビールを飲んでいたら、ミュージック・キオスクの周りを飾っていた鉢植えの花を、帰宅する来場者に配っていました。そんなことをするようになったんですね。──片付けられている地下ホールなどを見下ろしながら、LFJ東京ラストコンサート、M316へ。
公演No.M316 5/5(土) ホールA“トーマス・マン” 21:15-22:15なんだか盛りだくさんなプログラムです。1時間で終わるとは到底思えません(笑)。しかも、21時15分開演予定のところ、池袋会場のファイナルコンサートが押したことで、そこから移動してくる客を待つため、開演を21時25分に遅らせる、というアナウンスが入りました。──ですが、今年は都合の良いことに、どうせ明日も休日ですから、いくら遅れてもOKよ、とこちらにも心の余裕(?)があります(そうでもない年もあるから、難しいところです)。
・シュポルツル:トランシルヴァニア幻想曲
・ババイ:カプリス・ツィガーヌ
・ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
・カザルス:鳥の詩(チェロと管弦楽版)
・ブロッホ:『ユダヤ人の生活』から 祈り(チェロと管弦楽版)
・ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 op.95『新世界より』から 第4楽章
・伝承歌:行け、モーゼよ(ティペット編)
・ヴェルディ:オペラ『ナブッコ』から 合唱『行け、わが思いよ、金色の翼に乗って』
パヴェル・シュポルツル&ジプシー・ウェイ(伝統ロマ音楽)/ルイス・フェルナンド・ペレス(pf.)/アレクサンドル・クニャーゼフ(vc.)/アンドレイ・グリーズリン(Br.)/エカテリンブルク・フィルハーモニー合唱団/ウラル・フィルハーモニー管弦楽団/ドミトリー・リス(cond.)
最初に登場したのはジプシー・ヴァイオリンの一座。コントラバス、ヴィオラ、そしてツィンバロン奏者とともに、ブルーに塗られたヴァイオリンを弾き倒すシュポルツル氏に拍手喝采です。──ラフマニノフのパガニーニ・ラプソディ、ルイス・P・ペレスも、うっとりとする演奏でしたが、圧巻だったのは、その次の、チェロのクニャーゼフ。一音立ち上がっただけですでに「んっ?」と思ってしまうような演奏。深い祈りがこもっているような、何かにとりつかれたかのような怪演(?)で、唖然としてしまいました。
考えてみれば、今年のテーマは“新しい世界へ”、そして昨年の時点では“亡命者たち”と言われていました。故郷を失った人たち、追われた人たち…。そしてそれって、この国でも起きていることだし、世界規模でも、難民問題といった、同時代的なテーマでもあるのですね。──ドヴォルザークの『新世界より』は4楽章の抜粋で、これまたリス氏のねじ伏せるような演奏でちょっとせわしなかったのですが、最後の『行け、わが思いよ、金色の翼に乗って』は、そのテーマの大団円にふさわしいプログラムだったのでしょうね。温かい音がホールに広がる、幸福な時間でした。アンコールは予定になかったらしく、もう一度『行け、わが思いよ〜』でした。
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ファイナルコンサートの終演は、まさかの22時50分頃。この時間ではさすがに直帰です。ホールAの退場渋滞にはまりましたが、東京駅丸の内南口に歩み入り、中央快速で新宿に来ると、23時20分の特急ロマンスカーに間に合ってしまいました。──LFJ、来ればいろいろ思うところはあるのですが、それでもなお、得難く、楽しい場ですし、楽しい3日間でした。