night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

3/26(月)鹿児島散歩

 3月26日(月曜)。昨日、指宿駅の改札兼みどりの窓口で、“開聞→横浜市内”という、自分史上最長(?)の乗車券を購入していた。今日は、新幹線で鹿児島から新横浜まで帰るつもりである。九州新幹線が全線開通してから鹿児島に来るのは初めてで、この区間を新幹線で行ってみるっていうのは、ぜひやってみたかったのだよね。──鹿児島中央から、東京まで帰れる最終列車は、17時16分の『さくら568号』新大阪行きである(博多で『のぞみ64号』に乗り換えになる)。…と、それだけ調べておいて、あとは気分で乗ることにした。


 中央駅までぶらぶら歩く。甲突川沿いの桜

 鹿児島中央駅のコインロッカーに荷物を入れて、JRで一駅、鹿児島駅へ。タクシーで仙巌園に行った。島津公爵の別邸である。大河ドラマは見てないが、出て来たんでしょうね…


 反射炉? こんなに小さな? おもちゃか? と思ったが、これは再現模型であって、こちらがその遺構の土台


 べつにこれを世界遺産にしなくても

 明治時代にはニコライ皇太子も滞在したという、鹿児島の迎賓館だったようだ。

 釘隠しがいちいち洒落ている。

 気持ちの良い庭園。こんな別荘があったらいいなあ


 ここで曲水の宴をやったというのだが、本当にこんなところで?


 桜島のビューポイント、とは言うが、鹿児島にいるとどこからでも桜島が見えるので、もうとくに珍しくもないものになっている。だが見るたびに噴気の出方が違うので、やはり活火山なのだなあ、と感心する。海岸線からすぐのところを、国道と日豊本線が通っている。


 裏山に登る遊歩道もあり、こちらはほとんど人がいない。汗をかきながら登る。滝が見える。城下から離れていて豊富な水が使える土地だ。──ぼくは幕末に関してはどちらかというと佐幕派(?)なのだけど、島津斉彬という人は、こういう土地で、先ほどのような反射炉を作って製鉄してみたり、ガラス工場や紡績工場を作ってみたりしたという。そういうことをやってみたいからと言って領民の土地を徴発するのではなく、自分の別荘の敷地でやる、というところが、面白いお殿様だな、と思う。藩の財政は傾いたらしいけど。


 尚古集成館も見物。


 隣にあったスターバックスは、島津家の鉱業事業所だった建物だそうだ。

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 仙巌園の前から観光ルートの路線バスに乗って、桜島桟橋へ。ちょっと桜島に渡ってみた。両方から15分おきに出ているので、感覚的には「ひっきりなし」である。大型の自動車航送フェリーがこれほど頻繁に出ている場所って、日本に他にあるかな。しかも24時間運航しているという。


 桜島では、フェリー乗り場あたりを、ちょっとだけ散歩。磯には溶岩がごろごろしている。


 時間があれば自転車を借りて桜島を一周してみたかったのだけど。名残惜しいが、そろそろ帰ろう。

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 鹿児島中央駅前の、“若き薩摩の群像”

 桜島桟橋から路線バスで鹿児島中央駅に戻った。いよいよ帰京する。新幹線は1時間に1本は出ているのだから、適当に乗れば適当に帰れる。鹿児島から、時刻表も見ずに、新幹線で「適当に」帰れる、というのは、考えてみればすごいことだよなあ。“鹿児島中央→新横浜”という自由席特急券を買って、おみやげを買い込んで、15時14分発の新幹線『さくら564号』新大阪行きに乗った。


 白磁のような、品のいい色をした新幹線。

 発車時点では自由席はガラガラで、席は選び放題だったが、熊本や久留米を過ぎると満席になった。しかし博多で大半の乗客が入れ替わる。──車内販売に「お弁当はありません」と言われたので、これは食事しそこなったかな、と思っていたが、車内販売も博多で入れ替わったようで、山陽区間に入ってからワゴンのおねえさんに声をかけたところ、何種類もお弁当を詰んでいて、助かった。押し寿司を買って、食事したり、ビールを飲んだり本を読んだりしていると、時間はあっという間に過ぎる。

 とりあえず関西まで行けばこっちのものだ、という程度にしか考えておらず、終点の新大阪で東海道新幹線に乗り換えるつもりだったが、この列車で新大阪に着いても、しばらくは新大阪始発の『のぞみ』がないようだ。自由席なので、だとすると新大阪より前で乗り換えておいた方が有利だ。新神戸で下りて、後ろから追いかけてきた広島始発の『のぞみ184号』に乗り換えた。──そうやって自由席を乗り継いで、21時44分に新横浜に到着した。鹿児島中央から、実に6時間30分。だいぶ乗りがいがあった。往復することを考えるとちょっとためらうけれど、片道なら全然ありだな。