night and sundial

じゃわじゃわ日記 -the 5th defection-

3/20(木)ミュージカル『レ・ミゼラブル』観劇 @ Queen's Theatre

 サークル線のブラックフライアーズ駅から、乗り継いでピカデリー・サーカスに行こうと思ったが、サークル線とベイカールー線はエンバンクメント駅で乗り換えられないことがわかったので、面倒くさいのでエンバンクメント駅から歩いて行くことにした。小雨が降り出す中、昼間に訪れたチャーリング・クロス駅やトラファルガー広場を通り過ぎると、10分ほどでピカデリー・サーカスの交差点に着いた。たいした距離ではない。シャフツベリー・アヴェニュー(Shaftesbury Avenue)に入ると、そこは劇場街である。『スリラー』や『ウォー・ホース(戦火の馬)』の看板が目に付くが、目指すのは、見慣れたあの少女の看板だった。

 クィーンズ・シアター(Queen's Theatre)で上演されている、『レ・ミゼラブル』である。ぼくがロンドンで何をおいても見たいものと言えばこれであった。──しかし、チケットってどうやって取ればいいのかしら、と、旅行前に、日系の旅行代理店のオプショナル・ツアーなんかもあるんだなあ、などとネットを眺めていたところ、興行元である“Delfont Mackintosh Theatres”社のウェブサイトで、なんと、3月20日(木曜日)のソワレの最前列がぽっかりと一つ空いているじゃないか!

 正直、迷った。最前列というのは、劇場のつくりによっては見上げる感じになってかえってよく見えないという可能性もあるのでは…。しかし、座席の種類の中で最も高い値段がついているということは、そういうことはないだろう、と。そもそも英国に旅行なんて一生に一度しかできないかもしれないわけで、ここでひるんでは男がすたる(?)。…というわけで、大枚67ポンド25ペンス(手数料込み)をクレジットカードで支払った。英語のサイトにクレジットを切るのは初めてで、ちょっと怖かったけどね。

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 クィーンズ・シアターのチケットボックスに歩み入ると、窓口のおっさんが、「ハロー、なんちゃらかんちゃら、ピックアップ?」と声をかけてきた──この国では何事も相手の目を見て「ハロー!」から始まるので、日本でお店に行ったりサーヴィスを受けるのとはちょっと感覚が違うよね──。チケットの受取りのことをpick upと表現するらしいことはなんとなく知っていた。…マイ・ティケット、フォア、ディス・イーヴニング、うんぬん、と言って名前を告げると、どうやらファミリー・ネームのABC順にストックしてあるらしいチケットの束から、無事にぼくの名前のチケットが出てきた。どういう英文を組み立てればいいのかよくわからなかった「ネットで購入済みのチケットを海外の現地で受け取る」という課題(?)が、難なくクリアできたので、一安心。さすが英国^^(?)

 ホワイエのカウンターでサン・ミゲル・ビールを一杯飲んでから、客席へ。驚くほど小さな劇場で、地下のロビーは特に天井が低くて圧迫感がある。客席の最前列は、身を乗り出せばオーケストラピットの指揮者の頭に手が届いてしまうのではないかというくらいの近さ。

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 『レ・ミゼラブル』という演目自体は、東宝による日本版を帝国劇場でそれこそ何度も見ており、英語の歌詞はともかく、ストーリーと日本語版の歌詞ならほぼ把握している。客席で、脳内でなんとなく東宝版の歌詞に翻訳して聴いてしまう感じはあったけれど、最前列で見られたのは本当に僥倖だった。舞台上の歌声の力が直接届いてくるので、終始、鳥肌が立ちっぱなしだった。──たった一度観光旅行で見たからと言って大きなことを言うつもりはないけれど、これまで帝劇で見ていたレ・ミゼ、…遠い座席からオペラグラスで覗いていたレ・ミゼは、あれはおもちゃだったんじゃないか、とすら思った。舞台は、最近話題の新演出ではなく、おなじみの回転舞台を基本にした、下水道のフタも開く、旧き佳き(?)旧演出。韓国や日本でやってる新演出とはなんだったのか、とも(^^;。

 髪を振り乱して下水道に現れるジャヴェール(Tam Mutu)は、さながら落ち武者の様相である。彼がセーヌ川に飛び降りるとき、“Stars”と同じ旋律がかかることの意味を改めて考えさせられた。ファンティーヌ役の女優さん(Na-Young Jeon)はヨーロッパ系韓国人の方のようで、一人だけ東洋人顔なのでちょっと目立つし、周りの役者たちに比べると子供っぽく見えるのは致し方ないのだけど、すばらしい歌声だった。カーテンコールでは惜しみない拍手を送らせてもらいました(最前列で東洋人が熱心に拍手しているので目についたのでしょう、ちょっと目線いただきました^^)。

 ジャン・ヴァルジャン役のDaniel Koekは、本当にすばらしいヴァルジャンだと思った。“Bring Him Home”の高音をこれだけ聴かせられる人は、日本にはいないのではないだろうか。。。エポニーヌ(Carrie Hope Fletcher)は、すれっからしっぽい感じがよく出てる演技だったけど、死ぬときにマリウスに抱かれながら本当にうれしそうな表情をするのに、胸を衝かれてしまった。

 最前列ということで、やはり良し悪しはあって、舞台全体を俯瞰することはもちろんできないが、スモークをまともにかぶり、司教の吹き消す蝋燭のにおいがただよい、工場のシーンでは目の前でファンティーヌがごろごろ転がる。臨場感という意味では抜群であった。

 観客に東洋人は少なかったけど、日本人の母娘がいたのは気づきました(娘さんがおそらくかなりのミュージカルファンだったっぽい)。あと見かけたのは、中国語を話している若い夫婦(中国大陸人ではなさそう)くらいだった。ロンドンは全体的に日本人観光客がすごく少なくて、日本人を見かけると嬉しくなるレヴェルなんだよね。──終演後、オリジナル・ロンドン・キャスト版のCDを買って(20ポンド)、クィーンズ・シアターをあとにした。

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 そう、第二幕のバリケードで、捕らわれたジャヴェールをヴァルジャンが逃がして、あさっての方向に銃を撃ち、学生たちがジャヴェールを処刑したと勘違いして称賛する場面。あのシーン、東宝の旧演出では台詞は無くて学生たちが銃の台座を地面に打ち付けるだけだったところ、新演出になって、学生が一人、「よくやってくれましたァ!」と情けない声を張り上げるようになって、あれダサいなあ、と思っていたのだけど、英語ではあそこは、学生が一声、"Justice!"と発声するんだね。ジャスティス。──あのシーンで「ジャスティス」という概念を提示されるのはちょっと、意味深い。

 また、東京の帝劇で見るレ・ミゼは、やはり、客層がミュージカルファンのリピーターに偏っているきらいがあるが、ここでの公演はやはりある意味では観光地のひとつなのかも知れない。「この公演は銃声や火花を含みます」という意味の注意書きがあったし、銃声が響くところで客席から「おやおや^^;」といったような忍び笑いが漏れた。笑うとこじゃないよ、と思ったのだけど…。あと、バリケードが落ちた後にひっくり返ったアンジョルラスに拍手がわくのは、やはり日本独特の風習なのだ、ということを改めて知った。

 終演後、パブで一杯飲みたい気もしたが、終演時刻がすでに夜の22時半頃だったし、シャフツベリー・アヴェニューから少し入ると、いわゆるソーホーという歓楽街らしく、ちょっと危なめの雰囲気になるので、深入りは避けたほうがよさそうだな、と思った。ピカデリー・サーカスから、ベイカールー線とサークル線を乗り継いでベイズウォーター駅まで帰り、スーパーで適当にベーグルや何かを買って、ホテルに帰ったのは23時半だった。ロンドンで行きたかった場所を満喫できた、すばらしい一日で、もう東京に帰ってもいいかな、と思ったくらいだった(^^。