一年おきの奇数年に制作上演されている、東宝版『レ・ミゼラブル』ですが、今年は帝劇のチケットを取ることができませんでした。今年のレミゼは全国ツアーで、名古屋・大阪・福岡・札幌を廻っているのですが、名古屋御園座・梅田芸劇の発売日にもチケットを取れず…。最近のレミゼの人気ってちょっと異常なものがあるよなあ、と思いつつ、勢いあまって博多座のチケットを取りに行ったら、これが取れてしまったのでした。
■東宝『レ・ミゼラブル』
8月17日、土曜日の午前中から、ぼやぼやと出かけました。とくに予約もしておらず、出がけに町田駅でなんとなく買った特急券は、10時49分発の『のぞみ25号』のものでしたが、B席しか取れなかったので、思い直して新横浜駅で変更してみたら、その10分後の『のぞみ167号』の通路側C席が空いていました。繁忙期特発の列車の方が狙い目のようです。──10時59分発の16号車で出発。A・B席には南アジア系の母娘が座っていましたが、新大阪で彼女たちが下りていくとき、近くの座席を含めて7人の大家族だったことがわかり、ちょっと驚きました。
新大阪を出ると、『のぞみ』の車内は、空いていく一方に。──新横浜から4時間50分、本を一冊読み、コンビニのおにぎりを食べて、昼からビールを飲んでいるうちに、博多駅に着きました。
当日に雑に切符を買って、まんまと千キロ移動してしまった
博多の駅前、西日本シティ銀行の鉄錆色のビルがある側に出ると、何かのお祭りをしていて、出店が並んでいました。またビールでも飲んじゃおうかと思いかけましたが、とにかく暑いので、早々にKITTEに避難…。地下のドトールコーヒーで休憩してから、地下鉄で中洲川端へ移動しました。福岡アジア美術館を瞥見してから、さて、博多座へ。
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博多座には2007年に一度来たことがあって、そのときもレミゼを見に、当日の新幹線に乗って福岡に来たのでした
本日のキャスト。17時30分開演です
今回、とにかくレミゼを見ることだけを目的にチケットを取ったので、キャストスケジュールを把握していませんでした。──日本のレミゼもだいぶ世代交替していて、上原理生氏がジャベールなんだ、ふーん…と思いながら客席に入りましたが、これが、ものすごいジャベールだったんですね…! 狂気を湛えた、恐ろしいジャベール。「あいつのことならよく知ってます…」の場面での、市長への詰め寄り方、あの表情には、ちょっとあっけにとられました。また、2幕でバリケードが落ちてから、アンジョとガブローシュの死体を検めながら、何か言葉にならない叫び声を発していたり、最後のセーヌ川の場面では顔をバッと手で覆ったら額のピンマイクに当たってガツッと音が入ってしまうなど…。。
全体的な方向性としてはやはり演技多めの演歌的なレミゼで、テナ妻安定の森公美子氏がかすんでしまうくらい(というか、逆に、今回のモリクミさんはアドリブをおさえていたような気がしますが)でしたが、、、“極限状態の狂気”の演技を見せつけられるレミゼでした。2幕のバリケードで、「市民たちは寝てるぞ」と言われて、学生たちがうおおーと雄叫びをあげ始めるのです。敗北を悟って狂っていく悲壮感の表現なのでしょうが、そんな演出は初めて見たし、これにはびっくりしました。それはつらすぎる、と…。今年のレミゼはこんなレミゼだったのか、帝劇で見られなかったのが本当に残念だ、と思いました。
ファンテーヌは二宮愛さん。どちらかと言うと感情をおもてに出す激しい演技をするファンテだと思いました。工場のシーンで、客観的にみるとまったくわけのわからない理由でいじめられていますが、あの場面が見ていて本当につらかったですし。コゼットを想ってベッドで歌うシーンが、迫真の演技とはまさにこのことで、客席でだらだら泣いてしまいました。──バルジャンは吉原光夫氏、2015年にも拝見していますが、迫力のある歌唱から老いた演技まですばらしく演じられる俳優さんです。エポニーヌは屋比久知奈さん、どちらかというとあまりエポっぽくないかな、と思いましたが…。コゼットは乃木坂46の生田絵梨花さん。コゼット役は昨シーズンからでしたっけ。初めて拝見しましたが、舞台映えする方で、コゼットは当たり役なのではないでしょうか。
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2013年以降のレミゼの新演出にも、だいぶ慣れてきましたが、この新演出が最も美しいのは、2幕の下水道なのではないかと思います。映像と舞台上の空間をうまく使って、本当に一体化して見える、名演出です。ただ、そのあとの、ジャベールが静かに待ち構えているバルジャンとの対決シーンのX字型の照明や、そもそもあの床からひょこっと開く蓋など、旧演出ならではの名場面もあったんだよなあ…。『On my own』を歌い終わったエポがコートをバッとひるがえしてバリケードに消えていく場面なんかも、いまだに思い起こされます。レミゼは、旧演出と新演出のよいところを合体した演出が、できませんかね(^^;
そういえば、テナルディエの宿屋の場面では、「便所など、二度入りゃ…」、おお、ついに「10パーセント上乗せ」になってしまいました(笑/原語の歌詞では"Two percent for looking in the mirror twice"、日本では、消費税が上がるとともに「3パーセント」→「5パーセント」と上がってきていたのですよね。前回は「8パーセント」って言ってましたっけ? 忘れちゃいましたが)。まったく、世知辛い世の中です。
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博多座、椅子も座り心地が良くて、綺麗でよい劇場です。客席の雰囲気は、やはり、リピータだらけの帝劇と比べると“初めて見に来た”という人が多そうだと感じました。また、ロビーの物販のものすごい勢いに圧倒されますし、休憩時間が30分とたっぷりしているのにも驚きますね。──今回、A席(博多座はS席がなくて1階がほぼA席のようです)を奮発したら、ものすごくよい位置だったのです。1階H列、というチケットの字面的にはそんなに前だと思っていなかったのですが、博多座の1階席は、オーケストラピットが作られるとどうやらE列が最前列になるらしく、H列とは前から4列目だったのですね…! 下手側でしたから、バルジャンがジャベールを逃がす場面などほぼ目の前で演じられるのでした。
また、そうでなくても、帝劇に比べるとだいぶ鋭いPAが入る博多座ですから、1幕の工場のアンサンブルなど、ものすごい迫力で、…なんだか変な思いがしてしまったのです。あわせて数万円の交通費と宿泊費を使って、眼前で演じられる“レ・ミゼラブル=悲惨な人たち”の芝居を見ている自分、という存在が、何かの矛盾を体現しているような気がして、いたたまれなくなってしまったのです。何度となく観劇しているこの演目ですが、そんなふうに感じたのは初めてでした。